今も残る焼き畑農業 
〜山形県温海町一霞の温海カブ〜


成田 国寛



●めざすは、温海温泉
 酒田キュウリの調査(前号を参照)を終え、次なるは温海カブの調査。温海カブは在来品種の注目カブ。なんといっても今も焼き畑で栽培されているからだ。
 温海カブは山形と新潟の境に位置する温海温泉郷からさらに奥に入った一霞で古くからから栽培され、温海温泉の土産としても有名な紫紅色のカブである。ややしまった肉質で甘みがあり、漬物の味は絶品と言われている。かつては、庄内藩の名産品の一つに数えられていたほどである。

●路肩注意!
 早起きして一霞村へと向かう。残暑がきびしかったのに、やけに冷える。気温計を見ると、なんと9度。標高は高くないのに、これほど冷えるとは…、地名の由来がなんとなくわかった気がした。
 村まであと少しのところで、道沿いの焼け跡に何かが育っているのに気づいた。見た目は小さなカブのようだが、なんでこんな変なところに? と不思議に思った。さらに、水田や畑、道のノリ面、雑木林の一部にも焼かれた跡がある。近づいて見るとやはりカブのようなものが育っている。小石がごろごろしていて肥料分もなさそうなのに、すくすく育っていたのが印象的だ。
 それにしても本当にこれが温海カブなのか? 栽培されている場所がイメージと違いすぎている。きっと疲れと寒さと腹がへって判断が鈍っているに違いないと思い直し、生産者の話を聞いてみようと村へと急いだ。
 
●高齢化と戦いながら
 一霞はわずか30軒ほどの小さな村。山々に囲まれ、水田や自家用の野菜畑が周囲に点在している。
 村の中できょろきょろしていると、早朝の散歩をしていたおばあちゃん(70〜80歳?)にであった。温海カブを調べていると伝えたら、おばあちゃんは温海カブを育てているよとの返事。いきなり「ビンゴ!」である。
「今年は8月14日頃に一斉にカブ畑を焼いたよ。一番早い人で8日だったかな。今年は寒い年だったから早く焼いたんだ。去年は暖かくてカブの出来が悪かったね」
「若い頃は篭をしょって向こうの山にのぼって焼き畑をしたもんだ。傾斜のあるほうが、いいカブができるからね。うん、山の上の傾斜ほどいいよ。田んぼはだめ。水はけが悪いからカブの出来が良くない。いいカブはね、小石がいっぱいあって水はけがよくて、温度が低いとこほどよくできるんだ。だからね、昔は歩いて1時間もする山でもカブをつくってたんだ」
「いまはすこし肥(こえ)をあげるようになったけど、昔はなんもやらんかった。うん、一度焼き畑にしたところは3年から5年は休ませるよ。年とって道沿いにもカブをつくるようになったけど間引きや草取りは今も大変。孫が草取りを手伝ってくれて助かってるよ」
「タネとりもしてるよ。いい形のカブを残して畑に植え替えてからとるんだ。自分が使うタネだけ残して、あまると農協さんにね。それが平野の田んぼでつくるカブのタネになるんだ。でも田んぼでつくったカブはおいしくないよ。山の焼き畑でつくったカブが一番さ」
 おばあちゃんは村に温海カブの漬物工場ができてから生産量が増えてしまったと言っていたが、高齢化も進んだこともあり道沿いの作付けが増えたのだろうか。今もある山の焼き畑もぜひ見たかったのだが無理もいえず、次回の訪問時の楽しみにとっておくことにした。

 温海温泉の朝市を眺めていたら、気っぷの良いおばちゃんの売り売り攻撃に負けて気づいた時には温海カブの漬物をたくさん買っていた。今も昔も、売り子のおばちゃんこそ温海カブを残してきた張本人なのかもしれないなと変に納得してしまった。
 そこで一句「おばちゃんの 勢いに負けて 買うカブは 昔をしのぶ 焼き畑の味」



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