しずみんの まう・まかん
お題:かめのある家

水底 沈

●かめだらけ
うちには、かめがたくさんある。
リング上のふやけたえさをいつまでも食べている、甲羅の固いアレではなく、茶色い常滑焼きのアレや、青と白のモダンなホウロウびきのアレである。
みそ用に3つ。キムチ用に大小ひとつずつ(これは夏期にはぬか床用となる)。最近は三五八漬け用にプラスチック製のものも加わった。さらに、みその豆つぶしや白菜の塩漬けなどの作業用に、プラスチック製のおけもいくつかある。さらに、ホウロウ製の中サイズのものを増やそうと計画している。
東京の賃貸アパートにしては、かめ度の高い家だと言えるのではないだろうか。

かめは、いい。とてもいい。いくつあっても、いい。
外国の絵本を見ると、様々な木の実やジャム、はちみつ漬けや肉の塩漬けなどを保存する食品倉庫の絵が載っている。
あれを眺めてワクワクして育った私には、今の「かめ屋敷」はちょっと夢のようなのだ。
焼酎蔵や漬け物メーカーで整然と並んだかめの大群を見たときも、キュネがむんと、いや、むねがキュンとときめいたものである。
常になにかしら食べるものがそこにある安心感と余裕。農耕民族の血だろうか。


●冷暗所
よく、食品の裏をひっくりかえして見ると、「開封後は冷暗所で保管」とある。ほどよく冷えていて、暗く、それでいて乾燥しているところ。
そんな場所が、この東京砂漠のアパートにあるだろうか。
冬はまだよかろう。ほこりっぽい廊下の隅にでも転がしておけば、そこは冷暗所だ。
しかし、夏。日本の夏は、インドネシアより蒸し暑い。ゴキブリも煮え死ぬ。
そんな夏に、サッシで締め切られたコンクリのアパート内に、どこに冷暗所ができようか。全ての保存食を冷蔵庫に入れなければならないとなると、少なくとも三畳ぐらいはある冷蔵庫が必要である。それでは、ちょっとした肉屋だ。神田川のカップルも家財ごとしまえる。
仕方ないので、ある程度はかめどもにがまんしてもらって、煮えたぎる室内で夏を越してもらうことになる。
湿気、かび、温度の猛攻に耐えるみそや漬け物。
夏を越したみそがうまいのは、艱難辛苦を乗り越えた精鋭菌のおかげかもしれない。

●時間薬
毎年、梅干しを干すたび、みそを仕込むたび、キムチを漬けるたびに思う。
「ああ、今年は失敗だ」
白衣を着て、アフロのかつらをかぶって、ビン底メガネで言いたい。「ハカセ、しっぱいです」
梅干しはひからびすぎたし、味噌は水分が多くてかびそうな予感だし、キムチは塩が平均になじんでいない気がする。
しかし、じわじわと時が経ち、さてそろそろお味見どき…というころになると、不思議と食べられるしろものに仕上がっているのが不思議だ。
梅干しはなじんで香りが立ち、みそは熟成してちゃんとみそになっているし、キムチはほどよい酸味が全体にまわっている。
時間の威力は、すごい。大抵の問題は解決してくれる気がする。
自信がなくとも、「えいやっ」と全てをかめにまかせてどんとかまえているのがいいようである。
そのためには、よい菌が守ってくれている台所が不可欠だ。「かまどの神」というのは、ひょっとして菌たちのことなのかもしれない。

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