チレチレ便り 食べものに感謝
池田久子

 さて、チリに来て半年がたちました。年末年始ころまでは、悔し涙にくれることもたまにありましたが、不思議なもんです。最近はようやく仕事で自分が主体的にやれそうなことが見つかってきたこともあって、毎日が希望に満ちなんだか気分が軽くなってきたのです。先輩らから6ヶ月が目処だよと聞いてはいたけど、ほんとに、最近になってチリが好きだなあとか楽しいなあと思って毎日を過ごせれるようになってきました。言葉はまだできないのだけれど、開き直って気にならなくなってきたのです。何よりありがたいのが下宿の小母さんの料理が「私好みに」おいしいこと。最近は煮込み料理が減って、サラダが中心となりましたが、いつもサラダの盛り付けが彩りよく芸術的で、きれいな時は褒め称えデジカメに収めます。日常の料理だけでなく、特別な料理が味わえたり一緒に作ったりできるのはこのマリアおばさんのおかげと感謝感謝なのです。
 そこで今回は家だけでなく、最近印象に残った、味わったチリ料理をいくつかご紹介。

1)子羊の生き血と心臓 焼肉(アサド)
 いきなりハード?、こっちではお祝い事や何かパーティーといえば子羊の焼肉(アサド)。生まれて半年くらいの子羊を一頭食べちゃいます。クリスマスと正月も自宅で殺した子羊のアサドだったんですが、先日知り合いに誘われ田舎の農家に行ってそこで飼っている子羊を一頭キャンプの場所まで連れて行きその場で殺しました。初めて子羊を殺す場面に立ち会うので「もしかして可哀想で食べられなくなるかも…」なんて思ったけど平気なもんでした。おまけにまだ死んでいない羊の首からぼたぼた落ちる血を、刻んだ玉ねぎとサラダオイルを入れたコップに受け、そのままグビっと飲むのです。「あ、暖かいスープだ」というかんじ。ただ、唇や手についたものはスープ、ではなくて血。自分の顔は見えないけれど、人が飲んでいるのを見るとかなりグロテスク。参加した日本人の中で飲めたのは私を入れて女性3人。男性3人は見るのもやっと、他の女性2人は逃げてました。その後の子羊の解体は、なんででしょうねえ、面白くて感動的で、3人だけかぶりつきで最初から最後までしっかり見学してしまいました。残酷とか可哀想なんてちっとも感じず「ありがたいなあ、お肉ってすごいなあ」と妙に神妙な新鮮な気持ちで写真をとりました。きれいにくるんと皮をはぎ、内臓をとりだし、肝臓、肺、心臓などはニンニクで煮込みにしました。お肉は農作業用の堀棒にぶっさしてクルクルと焚き火の上で回しながらじっくり時間をかけて焼き上げます。子羊のアサドには目がない私。どうして日本ではこんなにおいしい子羊を食べる機会が少ないのでしょう。このおいしさのためだけに日本に戻ったら子羊飼いたいくらい。すっごく可愛いのにすっごくおいしいから困っちゃうのですねえ。

2)ウミータ
 先日うちのおばさんとほかに4人の手伝いを加えて作りました。これは日本のチマキみたいなかんじ。まるでタケノコのように巨大でふっといとうもろこしを75本も使って大量につくりました。まず、とうもろこしの皮をていねいにはぐ、とうもろこしの実を包丁でそぐ、その後手回しのミンチのような機械でとうもろこし、青唐辛子やバジルの葉っぱも入れつつひたすらつぶす。それにたまねぎを油と塩で炒めたものを加えドロドロのおかゆ状態のものができあがる。そして丁寧に剥いでおいたとうもろこしの皮を2枚、三角形の底辺の長いほうを少し重ね、真中にそのタネをおき、三角形のとがっているほうを内側にパタンと折り合わせて、タネがもれないようにくるんで、とうもろこしの皮を裂いてつなげて作ったヒモ状のものでプレゼントを包むように縛り上げる。見た目は朴葉寿司とか竹の子の皮でくるんだおにぎりみたいな可愛い物。これをお湯でゆでること20分ほど。食べるときはこの皮をはいで、好みで砂糖などをふりかけて食べる。一度店で食べたときはたいしてうまいと思わなかったけど家のはおいしい。翌日それをコンロで皮ごとちょっと焼き目をいれて暖めて食べると、なおうまし。

3)トルティージャ
 これは長野県の「灰焼きおやき」みたいなもので、灰の中で焼いたパン。パンを作るのと同じやりかたで作ったタネをお好み焼きくらいの大きさにしてかまどの灰の上に置いて、その上から直接灰をそおっとかけて中まで焼けるまで待つ。表面がこげたら、それをヤスリやナイフでこそげおとして食べる。少し灰の味がして、素朴な風味で大好き。
 まだ他においしいものは一杯あります。特に果物がおいしくって、家の無農薬の桃とか枇杷もすっごく甘かったし、最近よく食べてるスイカやメロンも甘いことうまいこと。悪いけど日本の果物は負けちゃうなあと思う。毎日トマトを食べてますが硬さも酸味もちょうどよく飽きません。私の小さな菜園のトマトもそれなりに取れ、今はササゲが獲れています。
 今は夏で、私のいる半乾燥地帯は2ヶ月以上雨はパラっと2回ほどきたくらい。農業には灌漑が欠かせません。灌漑さえすればまだまだ伸びるチリ農業。乾燥のために病害虫が少なく、朝夕は温度が下がり、果樹には適した気候です。それに気候が逆という利点を生かし、日本やアメリカへの果物輸出のためにどんどん植え付けが進んでいます。
 チリは人口が日本の8分の1ほど、国内需要が小さいため2次産業はほとんど発展しておらず、1次産業の銅と農産物輸出で国の経済が保たれており、夏に失業率が下がるのも農業面で労働力を必要としているからで、農業は国の大事な基幹産業です。これからまだまだ農業が伸びていく可能性と、若い国という勢いを感じる今日この頃。もうちょっと私もがんばれそうな予感がしてきたところです。


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