チレチレ便り 着任
池田久子

 ここチリに来て2カ月半ほど、任地であるサンニコラス村について1カ月がたちました。この1カ月はともかく精神的に浮き沈みが激しくかなりアップアップな毎日でしたが、幸い体調も崩さず、毎日の昼食だけを日々の支えに健康に過ごしています。
 1カ月語学研修のために住んでいた北部の農業のない砂漠の中の町と農業地帯のここでは食文化が違うのか、前の家のお母さんが外で仕事をしていて忙しかったのに対し、ここのお母さんは主婦だから時間をかけた煮込み料理が多いからなのか、料理自慢のマリア小母さんの家庭料理は前の家より数倍おいしく、いまだ飽きることなく私を満足させています。彼女は野菜や豆をよく使い、インスタントやファーストフードを嫌い、牛乳や卵は農家から買うというポリシーで、その料理は煮込み料理やスープ類が中心でとってもおいしい。私が何でもうまいうまいと食べるものだから小母さんはこれでもかこれでもかと手を変え品を変え、挑むように料理を出してきます。
 せっかくの料理自慢の小母さんなので、毎日の食事メニューをノートに記録しています。別に栄養の分析のためでもなく、おいしかったメニューを覚えておきたいがために始めたこの食日記。でもこれをつけることをネタに家族との会話がはずみ、もう一度あれが食べたいというリクエストもしやすくなりました。土日は彼女と一緒に料理を作ったり、庭の一角に借りた場所で家庭菜園をしたりしてのんびり平穏に過ごしています。
 さて、私が2年働くことになるサンニコラス村は人口は1万人を切るくらいの村で、中心部には役場、小中学校、バス停、商店、公園、公衆電話があります。信号もガソリンスタンドもなく、舗装道路も1本の幹線道路だけですが、近隣の村に比べてものすごく劣っているわけではない普通の村です。家は平屋で2階建ての建物は学校以外は皆無。車も走ってはいるけれど、農家の人の貴重な農業機械であり移動手段は馬で、役場や商店の近くには馬がつながれています。車にしろ馬にしろ信号が必要なほどは走っていないので村は静かで、小鳥や鶏の鳴き声が聞こえ、のどかで落ち着いているのでとても好きです。
 私が下宿している家は町の中心部で、職場まで歩いて5分もかからない近所にあり、上水道もありトイレも水洗トイレで、電気はもちろん電話もあります。最近は農家の人でも電話は家にはないけど携帯電話を使用しているも少なくないようです。町の中心部はゴミの収集サービスもあります。ただ缶も紙も生ゴミもすべて一緒ですが。
 さて私の職場は、国の農水省の事業で「貧困農村地域の地域開発サービス(PRODESAL)」の事業を行う出先機関の事務所です。このPRODESALの専属の職員は私の直属の上司の女性と男性職員と秘書で、さらにほかの事業を実施するための技師が3人加わり私を加えると総勢7人がこのPRODESALに関わっています。村内全体では農家個数は1500戸以上ですが、PRODESALが対象にしているのは12地域150農家ほど。農業技術指導もするけれど、資金援助をしてくれる機関への橋渡し的な役割りを負っていて、改善意欲のある農家への情報提供や聞き取り、資料作成が彼らの仕事というかんじです。
 対象地域はだいたいが灌漑設備をもっていないために乾季となる夏は水不足で、飲み水の確保にも苦労する地域もあるようです。作物は小麦が中心で醸造用品種のブドウ、豆類、米、牛や羊の放牧、鶏を数羽といった自給自足的な農家が中心です。最近は政府の補助金によって温室トマトやイチゴ、チーズ加工組合もできてはきていますが、そういう地域は大概年中水に不足しない地域で、中山間地の小麦だけを栽培しているような特徴のない地域では販売用の野菜作りのために資金投資をするのはまだまだ冒険のようです。
 職場に席をおいて4週間。地域の会合に連れて行ってもらえるときもあるけど、さーっぱり分からないので、まだ何も口をはさめずに「ちょっと珍しい置物」という状態からなかなか抜け出せず、ホントーに!もどかしい毎日です。あとは農家台帳を訳したり職場で同僚に質問したい項目や自分の印象なんかを上司に提出するのが精一杯。焦るものの、言葉ができないと消極的になってしまってなかなかアクションを起こせない。このもどかしさや伝わらない苛立ちに耐えるのが今の仕事でしょうか!?
 でも農家さんは日本の農家さんと同じように、よくしゃべる人もいれば寡黙な人もいるし、、頭の良さそうな人もいれば、きむづかしそうな人もいるし、地域でもすごく好意的でニコニコした地域もあれば険悪ムードで会議が進む地域もあるし、色々分かっていくと面白そう。150農家だったら途方もない数ではないし、と…。2年いても何も出来ないかもという不安と、何か少しでも役に立てることがあるはずだと信じたい気持ちとの間で揺れる毎日ですが、さてどうなることか…。気候がまったく日本とは逆のチリでは今は春。うちの庭は八重桜と藤とフリージアが咲いています。夏までにはもっと言葉ができ、充実した毎日が送れていることを祈っていてください。

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