チーズの話 山のチーズ
源氏田尚子

 6月からスイス暮らしを始め、はや3カ月。スイスと言えば、チーズ。
「アルプスの少女ハイジ」で、おじいさんが暖炉の火にあぶってトローリと溶かしたチーズをパンの上にのせてくれるシーンがありましたが、そのチーズのおいしそうだったこと! というわけで今回はチーズの話です。
 一口にチーズと言っても、地域によって様々なものがあります。丸い穴がポツポツあいているエメンタール、臭いの強いグリュイエールなど。スイスにはチーズ製造所が1,000カ所以上あると言われていますが、多くは、それぞれの地域の伝統的な手法でチーズを作っています。
 その中から、今回はいかにもスイスらしい名前の「山のチーズ(fromage montagneux)」を紹介します。チーズには生産地の名前がついていることが多いので、「何山のチーズですか」と聞いてみると、返ってきた答は「ここの上の山」。どこで聞いてもそれぞれ「ここの上の山だよ」。田舎風チーズといった感じでしょうか、山の小屋で作られたチーズを指しているようです。味の方は、ちょっと塩気がきいていて、素朴な味わいがします。あまり臭みがないので、チーズの臭いが苦手な我が家の5歳児も、これは食べられるようです。
 どんなところで作っているのか気になって見てきました。訪ねたのは、アイガーやユングラウなど4000メートル級の山々に面したミューレーン村で、酪農を営むヤングさん一家。村の中心部から山道を1時間ほど上っていくと、一面高山植物のお花畑の中に、ぽつんと一軒の家が見えてきました。元気な奥さんと、無口なご主人、それに働き者の子供たちが迎えてくれます。ヤング家では、牛(63頭!)、豚、鶏(数羽)を飼育しながら、チーズを手作りしています。チーズづくりのための道具を見せていただき、作り方も簡単に教えていただきました。まずは大釜で牛乳を暖め、酵素を入れて固まってきたところで漉し、固まりを型に移して重しを乗せて脱水し、型から出してさらに数カ月熟成させる…長い時間と手間をかけてできあがりです。
 ヤング家は、ハイキングルートの途中にあるので、小さなレストランもやっています。ここでは、取れたての牛乳や手作りのチーズを味わうことができます。直径30センチぐらいの大きなチーズを、奥さんが好みの大きさに切ってくれます。
 ところで、どうしてこんな山の上でチーズをつくっているのでしょうか。
 それはスイスの牧畜形態と大きな関係があるようです。スイスでは、6月から9月の間、山のアルプに牛を放します。牛は森林限界を超えた草原で、一夏を過ごします。山の上から毎日牛乳を運んで降りるのは大変! ところが、これをチーズにしてしまえば重さも、かさも大きく減らすことができます。100kgの牛乳から、約10kgのチーズができるため、重さを10分の一に減らすことができるわけです。「山のチーズ」はまさに暮らしの知恵。
 ちなみに「山のチーズ」は作り方がほぼ同じでも、場所によって微妙に味が異なります。この理由の一つは、山に生えている植物が異なると、これを食べる牛の乳の味も違ってくるからだとか。チーズは、地域の自然環境が味に変身する食文化のようです。だから、おいしいチーズを見つけたら、即、山の場所を聞き出し、チーズ小屋をみつけること。いいレストランも直接買い付けにくるそうです。


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