倉渕村就農スケッチ・「夏の仕事」
和田 裕之、岡 佳子

 子どもの頃から朝起きるのが苦手だった。寝起きが悪く、いつも泣きそうになりながらやっとの思いで起きていた。朝起きる時のつらさは、大人になった今でもあまり変わらない。
 就農5年目のこの夏、ふと気がついた。私の場合、朝8時に起きる時のつらさも、早朝4時に起きる時のつらさも大して変わりがない。どちらも同じようにつらい。そう考えると朝早く起きることが特別なことでないような気になってくる。また、朝30分の寝坊が昼の暑い時間の仕事に、そして夜の残業へと振り変わる大変さも身を持って知っている。昨年までは、夏になると気合を入れ精神の昂揚を図り早起きをしていたが、今年の夏は、夜明け前に起きることが私の中で日常となりつつある。

 わが家では、6・7・8月の3カ月間で1年間の収入のほとんどを稼ぎ出す。土作り(堆肥作り)や種まきなどは秋から春夏にかけての仕事となるが、売上・収入に直結する収穫・出荷作業は夏の3カ月間に集中する。この時期特に6月中旬から8月中旬までは、朝4時前から起きだして夜明けとともにズッキーニの収穫。朝ご飯を食べて、午前中はインゲン収穫。お昼を食べて少し休み、午後はインゲンの収穫や草刈、春作の片付け、秋作の準備。そして夕方はズッキーニの収穫と箱詰・袋詰など出荷作業。夜は7時前に仕事を終える日もあるが、夕食をはさんでの夜なべ仕事となる日もある。日中暑い日などはバテてクタクタになるが、一晩眠ると何とかもち直す。そして、この日課は2カ月間、雨の日も風の日も休みなく続く。

 夏場の野菜の成長は早く、インゲンもズッキーニも、じっと見つめているとむくむく大きく育っていくのがわかるよう。ズッキーニは朝夕の2回収穫。これは早朝、出荷規格の150gで収穫しても、夕方には朝150g以下で残していたものが規格上限の300gを超えてしまうことがあるほど。インゲンは10cmくらいのものが次の日には20cmほどに大きくなってしまう。これも毎日収穫しないと、実が大きくなって木が疲れてしまう。
 もちろん雑草(野草)の成長も恐ろしいほどで、毎日のように草刈をしても1町歩(約3000坪)の畑の草刈は追いつかない。でも草刈が間に合わずほって置かれた自家用野菜のナスやししとうが、きちんと実をつけて夏草の間から現れることもある。

 休みのない夏だが、まとまった収入があるのは気持ちに張りが出るし、何より一日3度の食卓がにぎやかな夏野菜で飾られるのが嬉しい。枝豆、とうもろこし、きゅうり、トマト、なす、にんじん、じゃがいも、玉葱、ニンニク、かぼちゃ、大根、ししとう、オクラ、しそ、ピーマン、そしてインゲン、ズッキーニ他。自分たちが汗を流した無農薬の畑で取れた、新鮮な野菜ばかり。
 妻の佳子はまだ少し小さい枝豆やとうもろこしを「今から食べ始めないと食べきれない」とか「狸に食べられる前に食べてしまった方がいい」とか何かと理由をつけてとってしまう。そしてこの早取りのとうもろこしが結構うまかったりする。美味しい野菜を収穫するのは楽しい。働いていて楽しいと思えるような仕事をたくさんしたい。
 4歳になる息子の太一は、自分で作るおままごとのサラダを「太陽のサラダ」と名付けた。夏の太陽をいっぱいに浴びた野菜たちのサラダだ。規格外になってしまったズッキーニやインゲンをふんだんに使って作っている。大きな包丁とまな板を上手に使ってトントンと切っていく。ズッキーニの丸い切り口を真ん中にその周りにインゲンを放射線状に並べていく。その横で7カ月になる息子の太緒は30cmの巨大な生インゲンをおいしそうに口に入れしゃぶっている。太緒にとってこの夏、目にするもの口にするものはすべて初めてのものばかり。手に届いたものは必ず口に入れてみる。インゲンやきゅうりは生え始めた歯のためにちょうどいいようだ。トマトは汁が出てきてびっくりしたけれど甘味と酸味が気に入ったよう。特に気に入ったのはとうもろこし。2、3粒口に入れてやったとたん丸い目をもっと丸くして「うーうー」と次を要求する。太一が捕まえてきた蝉さえも口に入れそうになる。太緒はこの夏の太陽をまるごと食べて、すくすく大きくなっていく。

 食べることと並んで夏の楽しみ、否、人生の楽しみの一つに眠ることがある。眠ることはそれ自体とても気持ちがいい。その日の疲れを癒してくれる。また、毎晩、予測不可能でエキセントリックな楽しい夢を見ることができる、夜は10時前に眠るよう心がけているが、太一に絵本を読んでやっている途中で何度も眠りに落ちそうになる。読み終えると子どもより先に眠ってしまっているようだ。そして、気がつくともう夜明け前だ。

和田 裕之

copyright 1998-2001 nemohamo