土をもっと知ろう・有機四方山話
成田 国寛

蝉の声が鳴り響く、ある夏の昼下がり。
おらが村の八兵衛の家に急ぐ、熊二郎の姿。


「おーい、八ちゃん、いるか〜」
 家の奥から、八兵衛が出てくる。
「おお、熊さんか。どうしたね、こんな暑い中」
「ちょっと上がらしてもらうよ。それと、冷たいお茶を一杯もらえるかな。なんせこの天気だ。少しは慈雨ってものがないのかね。おっと、ありがとうよ。いや〜、生き返るね。それはそうと、有機栽培ってのに興味がわいてね。八ちゃんに聞こうと思ってきたんだ」
「有機栽培?どうしたんだい急に。それだから、お天道様もびっくりしてこんな天気が続くんだよ。なんか悪い物でも食べたんじゃないのかい」
「おいおい冗談はよしてくれ。実は、町にいったら有機農産物がなかなかいいっていうじゃないか。それで、ちょっと知りたくなったのさ。町では農薬を使わないでつくったものだって聞いたんだけど、どうなんだい」
「うん、化学的につくった農薬や肥料などをつかっちゃダメだし、他にもいろいろと決まりごとがあるんだ。有機農産物っていうためには田畑ごとに認証も受けなきゃならないしね。これまでの日本の有機農業の流れとはちょっと違うよ。外国で決められた事をそのまま持ってきているからね。だから、ちょっと困っていることもあるんだ。緩衝地帯がどうのこうのとか、それまで現場で使ってきた木酢は…云々」
「ここは瑞穂の国だぜ。外国の話をそのまんま持ってきて、日本の有機栽培がうまくできるっていうのかい。これじゃ、米を食わずにパンを食えってもんじゃないか」
「お上はガイアツに弱いからね。そういえば、こんな話もあったな。有機栽培で使える肥料に『りん鉱石』ってもんがあるんだけど、これが、どこの資材屋にも売ってないんだ。なんでかと思ってお上に聞いたところ、肥料として認めていないっていうんだ」
「肥料として使えないものを、有機栽培ではいいと言ってるのかい?それって変じゃないか」
「そんな話はいくつもあるよ。同じお上でも、有機農産物の担当と肥料の担当は違うところだからね。でも、りん鉱石の場合、絶対に使用できないかっていうと、実はそうでもないらしいんだ。ほら、熊さんがつくってる堆肥のもとの牛糞やわらなんか、肥料として買っているわけじゃないだろ。実際に買えるかどうかは別にして、個人でつかう堆肥のもととしてなら使えるようなんだ。このへん、法律をどう読むかってとこなんだけど。でも、りん鉱石って言ったって効果がなかったり危険な金属を含んでいるものもあるみたいだから、素人が手を出さないほうがいいかもしれないな。良いと思ってやったら、実は逆だったって笑えない話になっちゃうからね。余談だけど、業界じゃ資材をつくっている本人が『有機栽培で使えます』っていう一筆を書いてだせば、有機OKとされちゃうこともあるんだ。田畑の確認をするんなら資材の内容も確認したほうがいいと思うんだけどね」
「ますます、わけわからん。これじゃ、やろうとしている農家が大変じゃないか。そのあたりをうまくまとめているところはないのかい」
「う〜ん、お上は入れ物を用意しただけで、実際の運営は民間にまかせるっていうんだ。40以上もある認証団体が運営を任されているんだけど、団体によっても解釈が少しづつ違ったりしてね。資材1つとっても、あるところじゃ使えるよっていわれても、違うところではダメといわれたりするんだ。まだ始まったばかりの制度だから、落ち着くまでにしばらくかかりそうな感じだよ」
「認証団体が全国にあるなら、なんとかなりそうだと思うんだけど」
「いろいろ思惑もあるからね。でも、どこも悩んでいる点は同じだから、きっと動くと思うよ。そうじゃないと、ますます農家がわからんっていう話がでてくるはずだからね」
「鳴くまでまとうホトトギスの気分だな」
 ここで、熊さん、何かを思い出し手をたたく。
「おっと、そうだった。昨日いい魚が届いてね。どうだい、ちょっとこれは」
 おちょこで飲む仕草をする熊さん。
「おっ、いいね。ちょうど、冷やしておいたやつがあったな。ちょっと、待ってな」
冷蔵庫から冷酒を取り出し、明るいうちから魚をつまみに飲みはじめてしまう二人であった。

注)りん鉱石について、数年前までは特殊肥料として「能登島産りん鉱石粉末」が販売されていたが、流通量が少なくなり平成12年の肥料取締法の改正で削除された。現在では「肥料」としてりん鉱石を販売することはできない。
 ちなみに、「りん鉱石」は過リン酸石灰や熔りんなどの原料であり、ほとんどを輸入に頼っている。

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