フィリピン・リトルタジャン・プロジェクト
みわたす限りトウモロコシ畑は、食べるための畑ではない

牧下圭貴

 6月11日から16日、里地ネットワーク事務局長の竹田純一氏、農と食の環境フォーラム・鈴木敦氏、牧下の3名がフィリピンのリトルタジャン調査に行ってきました。
 フィリピン・リトルタジャン・プロジェクトについては、本紙2号(2000年12月号)で特集しましたが、簡単におさらいすると、フィリピン・ルソン島北部のイフガオ州、アルフォンソ・リスタ市の山岳部にある入植地リトルタジャンでは、約300世帯が4000ヘクタールという広大な土地にいくつかの集落をつくって暮しています。もともとはタジャンという地域の人々で、1965年から入植しましたが、入植当時にはすでに森ではなく草原になっていました。現在は、肉牛の放牧と飼料用トウモロコシ栽培が収入の中心になっています。この地の問題は、平野部から集落までの交通が不便なこと、飲料用、農業用水を得ることがとても難しく浅い井戸や雨に頼っていること、トウモロコシの単作は国際市場の低迷や仲買人に買いたたかれるなどで経済的に息詰まっていること、さらに、農業技術がきちんと伝わっておらず、土壌流出などの問題を抱えていることがあります。
 このリトルタジャンプロジェクトは、短期、長期的な水の確保、農業技術の向上、トウモロコシ以外の農業収入の可能性を探り、提案し、実現することを目的にしています。
 今年度は、基本的な調査を目的にしており、イオングループ環境財団より助成金をいただいて活動を行っています。

■訪問の目的

 今回の訪問では、竹田氏が全体的な水確保や植林などの可能性について調査を担当、鈴木氏が連続記録式の温湿度計設置、雨量計の設置、昨年に続いての農業状況調査、牧下が現地NGOのCORDEVやリトルタジャン集落リーダーとの協議とレポート取材を分担して行いました。
 同行してくれたのはCORDEVの同地区担当グレゴリオ・M・ラシガン氏、通称グレッグです。グレッグ氏は、同地区を担当する神父でもあります。フィリピンは、アジア最大のキリスト教国であり、教会は地域に大きな影響力を持っています。グレッグ氏は、NGOのメンバーとして、また神父として、この地域のさまざまな問題が解決に向かうよう取り組んでいます。ちなみに、CORDEVとは、Center for Organic Farming and Integrated Rural Development の意で、直訳すると有機農業と総合的な農村開発のためのセンターというような意味です。
 このプロジェクトは、グレッグ氏が日本側からの提案に対し、調整、協議、実現の実際の窓口になり、リトルタジャンに暮す農業技師のジュリアス氏がグレッグ氏とともにリトルタジャンでの活動を行います。

■雨量計はペットボトル

 リトルタジャンの麓にある町オウロラで車を乗り換え、古いミニバスで、リトルタジャンに戻る老人、子どもを連れた女性らとともに出発。平野部で水に恵まれたオウロラの水田地帯を抜けるとそこからは山道、悪路になります。ミニバスは歩くようにゆっくり登り、途中の集落のはずれで老人と彼の自転車、そして、オウロラで充電してきたバッテリーを降ろし、子どもとその母親、彼女が買ってきた米や食料をおろし、さらに悪路を登ります。
 2時間ほどのぼって突然いくつかの家がならぶ集落に到着。ここがリトルタジャンの玄関で、一番大きな集落「セントラルエリア」です。
 小さな学校、集会場があり、道路に沿って家が点在しています。
 お世話になったのは、ジュリアス氏の家。ジュリアス氏は農業短大を卒業して結婚し、実家で両親や妹たちと暮しています。このジュリアス氏の家に、自動記録装置付きの温度・湿度計を設置します。1時間ごとに温度と湿度を記録していきます。数カ月ごとにこのデータをパソコンに取り込み、基本的なデータを取るのが目的です。もちろん、ここにはパソコンがありませんので、数カ月に1回、鈴木氏が来訪することになります。温湿度計は、最先端の技術を使いましたが、雨量計の方は、単純かつ原始的な方法を使うことにしました。
 3リットルはいるペットボトルの口を切り、バケツ状にします。そこに1リットルずつ線をマジックで書き込みます。さらに、バネばかりを1本用意しました。
 リトルタジャンでは夜の間に雨が降ります。そこで、毎朝、雨が降ったらこの線とバネばかりを利用して、降った雨量を調べ、ノートに記録していきます。おおまかにしか調べられませんが、大体でもどのくらい雨が降るのかを調べたいことから、こういう方法を選びました。この記録はジュリアス氏が担当します。
 雨量計の確認をしたかったのですが、我々が訪問していた期間、不思議と雨がまったく降りませんでした。残念。

■晴れたから車で行こう

 さすがに暑いフィリピン。しかも森がない山岳地帯。歩けども歩けども陰がない。水を飲んでも飲んでもすぐに流れ出てしまいます。それなのに、山の上に登ったり、一番下の泉を見に行ったり、もちろん、そのために来たのですが、ぜいぜい、はあはあ、何も考えられなくなります。しかし、雨が降らなかったのはそんな私にとって不幸中の幸い。隣の集落「マジカルエリア」や、ジュリアス父の池を訪問するのに「雨が降っていないから、車で行こう」ということになったのです。実は雨が降ると道がぬかるんで車を動かすことができなくなります。道路が乾いているときだけ、車を走らせることができるのです。そして、たかが数キロメートルですが、山をのぼっておりて、のぼっておりて行くのです。ちょっとでもぬかるんでいるところでは、スコップを取りだし、掘り、全員で押し、泥だらけになって車をすくい上げます。それでも、炎天下歩くことを考えればずっと楽でした。

■水は貴重品

 セントラルエリア、マジカルエリアともに、集落のはずれ、数キロくだった沢には小さな川が流れています。降った雨が伏流水となって沢を下り、集まって川になっているのです。しかし、人が住んでいるところは、比較的高いところで、川のそばではありません。家は1本の集落と集落をつなぐ道路沿いにあり、そこには水がないのです。
 それぞれの家では、水の確保に工夫をこらしています。集落の低いところには井戸があります。井戸は手押しポンプ式で、だいたい5メートルぐらいの深さにあります。個人所有の井戸や共同の井戸があります。いずれもせまい範囲の雨水が地下を通って集まる場所にあり、干ばつの時にはすぐに枯れてしまいます。干ばつの時にも枯れない井戸や沢はほんの数えるほどしかありません。
 飲み水、生活用水は、この井戸と雨水が基本です。井戸水はくんだら登って運ばなければなりません。女性が頭の上に水を入れたポリタンクを乗せて歩いている姿がありました。雨水は、草ぶきの屋根づたいに落ちてきた水をドラム缶などに集めます。飲み水は湯冷ましが多く、基本的な衛生管理教育はされているようでした。
 農業用水については、まったく天水まかせです。牧草地も、トウモロコシ畑も山の上から斜面にあり、そこに水源はありません。放牧している牛についても水の確保が大きな問題になっています。
 ちょうど我々の訪問中に、地方政府からため池を掘るための補助事業の話が持ち込まれていましたが、負担金もかなりな額になるため、集落では協議の末、この話をあきらめていました。

■ジュリアス父のため池

 ジュリアス氏の父はかつて鉱山で働いていました。そして、リトルタジャンでは比較的最後の方に入植してきたためあまり条件の良い土地がありませんでした。彼は、1987年頃から数年かけて自分の農地の一番低い、水が集まってくる、そして地盤がかたいところにため池を掘り始めました。重機はありません。家族の人手とカラバオ(水牛)の力だけです。ジュリアス氏も子どものころ手伝っていたと言います。数年の時間と信じられないほどの苦労をしてまでも池を掘ったのには、彼の強い信念がありました。ひとつには主食の米を自給したいため、そして、魚や貝など貴重なたんぱく質を得るため、もうひとつは、放牧の牛やカラバオの水場にするためです。
 今、池はなみなみと水をたたえています。周囲には、唐辛子、ザボン、パパイヤなどが生え、木陰をつくっています。池に釣り糸を垂らすと、ナマズやテラピアがかかりました。もっとも、釣り糸を垂らしたのは竹田氏の発案ですが、ジュリアス氏や竹田氏が釣りをしている間、ジュリアス父は、網を投げ、小魚をたくさん獲っていました。
 そして、池のそばには水田が数枚あり、田植えされています。カラバオは池の中でぼんやりと我々を不思議そうに見ていました。
 しかし、ジュリアス父がため池をつくったあとでも、池を掘ろうという人は続きませんでした。その苦労が、水田や魚の前に立ちはだかっているのです。

■土壌流出、除草剤

 農業の課題もいくつか目に付きました。トウモロコシの単作は問題ですが、他に「売れる」作物がなかなかないのも現実です。どうやって変えていくか、長い時間が必要です。
 高いところからみると、放牧地とトウモロコシ畑が続いています。トウモロコシ畑は、山の起伏をものともせずにまっすぐ植えられています。とてもきれいですが、水平なところもあれば垂直なところもあります。等高線に沿って、斜面とは水平に植えてあれば、土が雨で流れにくくなります。斜面に沿って植えてあると、雨が降ったとき、植え株と株の間が川のようになって土を流し、雨を表面から流してしまいます。あちこちに土壌流出や陥没のあとがありました。ちょっとしたことですが、なかなかやり方を変えるのは大変です。マジカルエリアの下にある川では水田を少しつくったものの2年で土壌流出の被害を受け、水田が泥で埋まってしまいました。ひとつの大きな課題です。
 もうひとつ、難しい問題がありました。除草剤です。ここでは、2-4-Dとパワー(グリホサート、日本の商品名ではラウンドアップ)が使われていますが、値段が安い2-4-Dが圧倒的に多いそうです。日本などではすでに販売禁止になっている除草剤です。ダイオキシン汚染の心配があります。このような農薬を規制のない国で販売し続ける農薬メーカー、化学・バイオメーカーの非道徳、非人道性には本当に腹が立ちます。
 いくつかの井戸は、畑の下、畑に流れた雨が地面に染みて集まってくるところにあります。それはつまり、井戸水が2-4-Dに高い確率で汚染されていることを意味します。実際に、井戸のすぐそばに農薬の瓶が落ちていました。
 トウモロコシの単作になってから10年以上になるようです。とても心配です。
 グリホサートであっても使わないにこしたことはありません。しかし、2-4-Dを使い続けるぐらいならば、グリホサートにしたほうがまだましです。消極的な選択ですが。
 経済的に苦しくなっているときに、高い農薬を買いなさいというのは難しいことです。ジュリアス父は、周囲を説得してみると言っていました。
 このほか、乳牛の導入による乳製品生産の可能性や、放牧畜産の将来、トウモロコシや現在の畜産に加えた持続可能な代替生産について、主に鈴木氏を中心に現地で意見交換をしました。

■余談:食べもの…おや、唐辛子

 フィリピン人は辛いものが苦手…何度かフィリピンを訪ねたり、本で読んでみても、他の東南アジア諸国とは違って、フィリピンでは唐辛子の辛さを好まないとステレオタイプに思っていました。かつてフィリピンのネグロス島で野生化した唐辛子をみつけてかじったところ、そんなものは誰も食べないと言われたことがあります。ところが、リトルタジャンでは、唐辛子の酢づけがどこの家にもありました。唐辛子を料理に添えたり、そのままかじって酒のつまみにしたりしていました。リトルタジャンをはじめ、ルソン島北部の山岳民族は、民族としての結束力が強く、伝統を大切にしていると聞いたことがあります。また、唐辛子は当然かつて海外から持ち込まれた作物ですから、生えているということは、誰かがかつて植えたことがあるということです。もしかしたらフィリピンでは比較的新しい時期に唐辛子を食べる習慣がすたれたのではないでしょうか。青いパパイヤに唐辛子酢をかけて食べたりしながら、そんなことを思いました。
 さて、今回の食事でもっとも印象深かったのはリトルタジャン初日のごちそうです。それは、大トカゲ。全長1メートル50センチ以上のトカゲをフィリピンのごちそう料理アドボにして食べさせてもらいました。もちろん、リトルタジャンでも最高のごちそうです。アドボは醤油と酢で肉を煮る料理。トカゲの表面は焼いてあるため、ちょうど皮と内側のぷりぷりした部分はうなぎの蒲焼きのような味でした。そして、白身の肉は、大きなは虫類だけにカエルよりももっと鶏肉に近い淡白な風味。くせもなく、知らなかったら何の肉かは分からなかったでしょう。生まれてはじめてでおそらく最後の、貴重な食材体験でした。翌日、水辺を走り去った大きなトカゲを見たときにはさすがに感慨深かったです。
 食についてのまとめは、また別な機会にしたいと思います。

■これからのこと

 今回の調査をもとに、竹田氏が集水域ごとの地図を作製し、また、グレッグ氏らとの協議から太陽光発電による日中のポンプアップやバッテリーへの充電、土壌流出をくい止めるための技術導入、集水域への植林などいくつかのアイディアが出ました。9月には鈴木氏があらためてリトルタジャンを訪問し、データ収集や調査、協議を行うことにしています。その際、さまざまな英文の技術レターを持っていくことにしています。
 土壌流出技術、有機農業、熱帯地域での畜産、太陽光発電、バイオガス、発酵(食品応用や酒づくり)などについての解説的な英語パンフレットなどをお持ちであれば、ぜひご連絡下さい。
 みなさまからのアイディアや情報をお待ちしております。

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