いまさら聞けない勉強室
テーマ:そんなに菌が嫌いですか

牧下圭貴

 花王や宇都宮大学が、家庭で一番菌に汚染されているのが台所だという研究結果を発表。もっとこまめに台所やふきんの除菌をすべきという報道がありました。数日後、スーパーで、それを聞きかじった若い夫婦が、そういう話をしながら除菌グッズに手を伸ばしていました…。
 以前から主張していることですが、日本人の「除菌」「抗菌」思想はとても危険です。菌がない状態の方が、菌がある状態よりも異常だということをどうして忘れてしまったのでしょう。「食の安全」に気をつかい、「無添加」食品や「有機野菜」を選ぶ方にも「菌はいや」という方をまれに見かけます。有機野菜は菌の力で作っているようなもの。どこか、本末転倒していませんか?

【あなたも私も菌まみれ】
 土の中、空気中にも菌はたくさんいます。菌(細菌)だけでなく、カビ、昆虫や植物性、動物性の微生物がいます。人間にとって有害な病原菌もいます。人間の病気とは無関係な菌もいます。人間が体調を崩したりすると悪さをする菌もいます。さらに、人間に役に立つ菌もいます。
 土や空気の中だけでなく、あなたや私の身体にも菌がたくさんいます。皮膚には常在菌がいて、私たちの汗や代謝物などを餌にして繁殖し、その菌を狙って別の菌が繁殖し、生活しています。口の中は菌の巣窟です。唾液を餌に様々な菌が繁殖しています。
 そして、腸は菌が暮らせるよう人間が整えた菌のすみかです。腸に菌を住まわせ、人間が分解できないものを分解してもらったり、人間が必要なビタミンなどを一部合成してもらったりしています。気分上々で、体調も良く、バランスの取れた食事の場合、菌のバランスも良く、腸も元気に動き、身体にいい物質を菌が生成し、いいうんこができます。逆になにかバランスが崩れると、菌のバランスが崩れ、悪い菌が繁殖し、おならも臭く、身体に悪い物質が腸にたまります。

【無菌はキケン】
 ところが、今の日本は、除菌、抗菌、菌と名のつくのはとにかく「キタナイ」ということになってしまいました。健康によいと菌の産物ヨーグルトを食べながら、除菌とは?
 もちろん、病原性大腸菌O157のように、これまでの衛生管理よりももっと厳しい衛生管理が必要な状態が生まれています。しかし、そもそも、この菌などは、「菌はキタナイ思想」が生んだ産物のようなものです。
 一説には、抗生物質を家畜に多用した結果、本来は繁殖力の弱い病原性大腸菌が、たまたま、無菌状態のような家畜の腸内で繁殖することができ、その結果、広まったと言われています。
 無菌状態というのは、逆にとらえると菌が繁殖しやすい条件なのです。
 いい例が牛乳です。現在の日本で牛乳の殺菌は、主に高温殺菌です。こうすると、ほぼ牛乳内の菌は滅菌されます。賞味期限を延ばすこともできます。ところが、牛乳成分そのものは、菌の培地みたいなもので、菌が繁殖する条件が揃っています。だから、一度何かの菌が入ると、一気に繁殖しかねません。
 一方、世界的に主流の低温殺菌牛乳は、「病原菌のみを殺菌する」という発想です。だから、牛乳に元からいた乳酸菌などは殺菌されずに残っています。温度条件によっては、乳酸菌が繁殖して酸っぱい牛乳になってしまうこともありますが、乳酸菌がいるため、他の菌が入ってもすぐには繁殖しにくい、つまり、乳酸菌が他の菌を抑制するという効果もあります。
 身体の表面を洗いすぎて、常在菌を減らしすぎると、体臭は減るかも知れませんが、別の菌が繁殖しやすい条件をつくってしまいます。また、おおざっぱな言い方ですが、菌が体表にいることで、体表は常に「菌がいる」状態に慣れています。いつも菌がいない、少ない状態だと、体表も「無菌だから」と油断してしまいます。病原菌に襲われやすくなったり、免疫系に異常をもたらすことも考えられます。
 病原菌や食中毒菌に対応することは必要です。外出から帰ったら手を洗う、うがいをする。調理をしたら、熱い物は熱いうちに食べる。調理後の温度変化に気をつける。自分の鼻と舌で確かめる。伝統的な智恵、基本的な衛生知識さえあれば、それほど恐れることはありません。
 無菌をめざすと、きっと菌で苦労します。なぜなら、菌の方が、数が多く、我慢強いのです。いろんな身の回りの菌となかよくして、菌に身体を慣らしながら、悪い菌が登場しにくくするのが、菌とは切れない生活をする上での洗練された工夫だと思うのですが…。

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