今さら聞けない勉強室 ねもはも版
テーマ:BSE(狂牛病)、献血、アメリカ牛肉


牧下圭貴



■これまでの経緯
 BSE(狂牛病)については、ねもはも8号(2001年12月)に一度まとめています。2001年9月、日本ではじめてBSEが発生し、2001年10月より全頭検査がはじまり、その対応に政府が追われている頃でした。
 日本の牛肉は危険だから、アメリカやオーストラリアの牛肉を食べた方がいいのではと言われ、国内の生産者は辛い日々を過ごしました。
 その後、2003年12月より、日本では全頭検査、トレーサビリティ、JAS表示が牛肉の生産、流通、消費に対して行われ、世界でもっとも厳しい「確認」方法をとることになりました。
 また、2003年7月には、食品安全基本法に基づいて食品安全委員会が内閣府に設置され、独立した機関として食品の安全やリスクに対する情報発信などを行うことになりました。
 その2003年末にアメリカでBSEの発生が確認され、日本はアメリカの牛肉を輸入禁止にしました。
 その結果、2004年は、アメリカからの牛肉輸入量が事実上ないという事態になっています。
 これに対して、国内では外食産業を中心に早期の輸入再開を求める声があり、アメリカ政府や業界からも輸入再開を求める声が高まりました。

■状況は変わっていないのに
 日本では、2005年6月6日現在、20頭目のBSEの発生が確認され、最近でも3頭いました。
 5月12日、18頭目。99年生まれ。
 6月2日、19頭目。96年生まれ。
 6月6日、20頭目。00年生まれ。
 いずれも北海道で育てられた乳牛(メス)です。

 アメリカでも、2005年6月10日、アメリカ農務省が、BSE疑い牛確認と発表し、2例目とみられています。しかも、アメリカでは、カナダの国会で元アメリカ農務省食肉検査官が、「アメリカにBSE感染牛が存在していると確信」との証言をしており、日本の国会の委員会質問でも、このことが問題視されています。

 さらに、2005年2月には、2001年12月に国内でクロイツフェルトヤコブ病と診断され、その後亡くなられた男性が、変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)であったと厚生労働省が発表し、国内で初めてBSE病原体(プリオン)によるヒトへの感染、発症として大きく報道されました。
 あまり報道されませんが、海外でも、vCJDの発症は続いています。

■BSEとvCJDのおさらい
 BSE(牛の海綿状脳症、いわゆる狂牛病)は、もともと、スクレイピー(羊の海綿状脳症)に感染していた羊を肉骨粉にして牛に食べさせ、異常化したBSE病原体(プリオン)が種の壁を越えて牛に発症したものです。牛の肉骨粉を牛に食べさせるという悪循環が起こり、BSEは最初に発生したイギリスから肉骨粉という形で世界中に広がりました。
 肉骨粉を家畜に食べさせる理由は、それが安い飼料だったからです。効率を追い求めた結果、家畜の動物本来の食性を無視したしくみをつくったことでBSEという新しい病気が発生し、ヒトにもvCJD(変異型クロイツフェルトヤコブ病)を発生させるようになったのです。

 クロイツフェルトヤコブ病(CJD)はヒトのプリオンの変異により発症するもので、BSEと関係なく、たとえば、日本では人口
100万人に年間ひとり前後の率で発症する(厚生労働省ホームページより)とされています。また、CJD患者からの乾燥硬膜(脳膜)移植、脳下垂体製剤、角膜移植により感染、発症する例はありますが、原因はプリオンたんぱくであり、通常は感染することはありません。
 変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)は、BSEに感染した牛由来の異常化したプリオンが種の壁を越えてさらに変異し、ヒトのプリオンが異常化した結果、発症するものです。特に、若年で発生することや発症後死亡するまでの期間が短いことなどの、通常のCJDでは見られない共通の特徴があります。

■献血ができなくなってしまった筆者
 2005年6月1日より、次の条件にあてはまる人たちは献血ができなくなりました。
 ・1980年から1996年の間に1日以上イギリスに滞在。
 ・1997年から2004年の間に6カ月以上イギリスに滞在。

 これは、日本の1例目のvCDJ患者が1990年に24日ほどイギリスに滞在していたことから、イギリスでBSEに感染した牛を食べ、感染したのではと疑われたことを受けてのことだそうです。
 この患者がvCJDと確認されたのは2005年2月で、その直後に、厚生労働省は、ヨーロッパの多くの国に1980年以降滞在したことのある人を対象に、リスク別に滞在1カ月以上、6カ月以上、5年以上とわけて献血制限を行い、3月7日に一度見直しました。その結果、例年献血血液が不足する春に献血者が減り、4月には、献血キャンペーンを行い、3月の制限表を緩和しました。そして、6月に、結果的にはイギリス滞在者のみを対象とした制限のみを残しました。
 そ献血量をみながら、フランスでの滞在者について献血制限をするかどうかを今後判断するとしています。

 たまたま筆者は、1990年にイギリス、フランスをはじめ、ヨーロッパ各地を短期間ながら訪問しており、みごとに対象となってしまいました。これで当分の間(もしかしたら一生)献血ができなくなります。これまでもせいぜい2年に1度ぐらいのあまり優等生ではない献血者でしたが、できないと言われるとなんとなく嫌な気持ちになります。

 この献血の制限は、血液からすばやく異常プリオンを検出する技術や、除去技術がないことからとされています。
 しかし、考えてみるといくつか不思議な点があります。まず、今回確認された患者が、外国で感染したのか、日本で感染したのかは不明です。もちろん、イギリスで感染した可能性が高いから今回の措置がとられたのだと思いますが、それであれば、ずいぶん前からその「リスク」は分かっていたわけですから、なにをいまさら言っているのだろうという気もします。私でさえ1990年以降何度か献血をしているのです。同じようにすでに25年の「リスク」が存在していたことになります。少なくとも、イギリスでBSE由来のvCJDが問題となった以降は、このリスクを政府が承知していたはずです。
 また、血液だけでなく、さまざまなヒト由来の生成物(医薬品等)もあります。これらの中には、BSE騒動移行由来が管理され、たとえばイギリスからのものは使わないよう指導されたものもありますが、中には放置されているものもあります。
 それなのに、今回、最初から確認された患者がイギリスでの感染であるかのように報じられ、献血を制限することで政府が正しい対処をしているかのように見せていることに違和感を感じます。
 もちろん、厚生労働省としても、献血必要量とvCJD感染リスクとの間での判断だったのでしょう。今回の措置を解除すべきとはいいませんが、この措置でよかったのか、よいのか、今後どのような対応をするのか確認し続ける必要があります。

■アメリカの牛肉は再開するの?
 一方、問題となっているのがアメリカの牛肉輸入再開です。
 2003年7月に食品安全委員会が誕生し、2003年12月より国の政策として全頭検査とトレーサビリティ、JAS表示体制が正式にスタートしました。その直後、12月23日に、それまで「安全」を誇っていたアメリカでBSE牛が確認され、12月24日より、アメリカ産牛肉の禁輸措置がとられました。
 アメリカにとって牛肉は非常に大きな輸出産品であり、その最大の買い手は日本でした。そこで、アメリカは年が明けた
2004年早々から日本に対し、牛肉輸入再開に向けて動き始めます。当初、農水省は日本と同様に全頭検査、トレーサビリティ体制が整わない限り輸入再開はないと強気の発言を行っていましたが、前年の12月に正式に国内体制をはじめたばかりですから、引くわけにはいかなかったのでしょう。
 しかし、2004年4月24日に、日米BSE協議が開かれ、2004年夏をめどに「輸入再開について結論を出すべく努力する」という合意がなされたことで状況が一変します。
 食品安全委員会プリオン専門調査会も、最初に行っていた危険部位除去状況などの検証や飼料の検証議論から、「我が国のBSE問題全体について」の議論へ誘導され、全頭検査体制を見直すような方向になっていきます。ついに、2004年9月6日には、「生後20カ月以下では、検査によって感染を確認することはできず、危険部位の除去でリスクは避けられる」という趣旨の報告書がまとめられました。
 これを受けて、日本政府はアメリカ産牛肉のうち危険部位を除いた生後20カ月以下の牛の輸入を認める方針を示しましたが、月齢の確認方法をめぐって合意できませんでした。
 また、10月15日には、厚生労働省、農林水産省が食品安全委員会に対し、これまでの全頭検査から20カ月以下の牛を除くことなどについて諮問します。
 このような諮問のしかたや、プリオン専門調査会の運営に対して、委員となっている専門家から辞意や異論がでます。しかし、もはやこの動きをとめる力はなく、食品安全委員会は、「科学的お墨付き」をつける機関のようになってしまいました。
 2005年5月6日にこの諮問を認める答申が出され、生後20カ月以下であれば、危険部位を除けば問題ないという体制が整いました。2005年8月で政府としての全頭検査は終了することになります。
 これに対して、全都道府県が現在の全頭検査を自主的に続ける意向を表明し、厚労省は検査費用を3年間全額補助するというよくわからない決着がとられました。
 一方、2005年5月5日、アメリカ農務省は、家畜の個体識別を2009年からスタートするとの案を示します。これまでの考え方よりもさらに遅れる案ですが、これさえもうまくいくかどうかわからない状態です。
 2005年5月24日、農水省と厚労省は、食品安全委員会にアメリカ、カナダ産牛肉の輸入再開に向けた条件を諮問します。これは、国産と同等の安全性が確保できるかどうかの諮問で、
 ・特定危険部位の除去
 ・生後20カ月以下
 の条件で輸入を再開したいとの諮問です。
 この諮問が確認されれば、どのように「生後20カ月以下」を確認するのかはともかく輸入再開への条件が整うことになります。早くも、この夏には諮問の答申が行われ、秋には再開されるのではないかと報じられています。

 世界でも、アメリカなどの圧力を受けて、2005年5月27日に国際獣疫事務局(OIE)がBSE安全基準を緩和しました。骨なし肉のうち、BSE感染牛や感染の疑いのある牛の肉ではなく、特定危険部位に触れていなければ輸出入は可能であるとするものでした。また、これまでの国別安全度を5段階から3段階にして、ほとんどの国が危険ではないようにみえる形となりました。
 これでますますアメリカは現状の体制のままで輸出がしやすくなります。
 2005年6月10日に、2頭目のBSE牛がアメリカで確認されましたが、この情報も大きく取り上げられることはありません。

■まとめ
 今回、アメリカ産牛肉の輸入禁止で最もといっていいほどの影響を受けたのが、牛丼チェーンの吉野屋でしょう。その吉野屋のホームページでは、アメリカ産牛肉について、飼育方法の説明をした上で、「安価でおいしく、均一された品質の牛肉を大量に生産する為に、このような飼育システムが作り上げられたのです。またアメリカでは、1997年から肉骨粉を牛に与えることを法律で禁止しており、吉野屋が買付を行っているショートプレートの元となる牛は、すべてがシステム化された方法の下で飼育されたものであり、肉骨粉は与えられておりません」「またアメリカでは、牛の屠畜段階から流通・販売まで徹底的に管理されているため、その安全性と品質は高く評価できます」としています。
 しかし、アメリカでは肉骨粉を豚や鶏に与えることは禁じられていませんが、日本では2001年以降、畜産飼料として禁止されています。
 また、2005年5月25日付の読売新聞は、『米国は「飼料工場を立ち入り調査し、混入がないかどうか確認している」という。だが、今年2月、米会計検査院は「家畜飼料を扱う施設の約2割が5年間、再検査を受けておらず、数百の施設に高いリスクがある」と指摘した』と報じています。
 現在日本で行われている全頭検査、トレーサビリティ、JAS表示は、BSEという人間が起こしてしまった問題に対して、それでも「牛肉を食べる」という選択をしている以上、やむを得ない必要な対応であると考えます。それでも、危険部位の除去方法や排水等の処理など、決してBSEやvCJDのリスクから「安全」になったわけではありません。飼料の面でも、肉骨粉だけでなく、代用乳と呼ばれる人工飼料などグレーゾーンにありながらも検証がすすんでいないものもあります。

 BSEは、肉骨粉を草食動物の牛に食べさせ、いわゆる「ともぐい」をつくってしまった結果起こりました。それは、「コストを下げたい」とか、「儲けたい」と思った企業などの大きなシステムが生みだしたものです。
 一度農業や食料生産、生態系の循環(サイクル)に入ってしまった「大きなシステムが作った危険」はなかなか簡単に排除できません。それは、水俣病などの公害、チェルノブイリなどの放射能汚染、ダイオキシンなどの化学物質や残留農薬、遺伝子組み換え作物などに共通する問題です。
 この「大きなシステムがつくった危険」を避けるための手間と費用は膨大になります。しかし、そもそも大きなシステムの都合で作られた危険(リスク)を一般の人々が負うのはどう考えてもおかしいことであり、社会的責任において後始末を行う必要があります。

 それなのに、このBSE問題はいまだにその場しのぎの対応ばかりが繰り返されています。「消費者は、安い牛肉を望んでいる」と、足下を見たような態度があちこちで見られます。このままでは、アメリカ産牛肉は、輸入禁止措置がとられたときとほとんど変わらない状況のままに輸入再開されることになりそうです。
 私たちは、それほどまでに牛肉を食べなければならないのでしょうか?

 牛肉、いや、家畜としての牛は、本来、農耕に適さない草地を有効に活用するための動物であり、あるいは、いざというときの「貯蓄」的役割や使役動物としての役割を担ってきた動物です。それが、いつの間にか、人間が食べられる穀物を本来の食性に反して与えられ、さらには動物性飼料まで食べさせられて「安い肉」に変えられています。
 牛肉を食べるのをやめようと言っているのではありません。
 ただ、ほどほどにしておいた方がいいのではないでしょうか。
 安さにまどわされ、大切な多くのものを失っているのではないかと心配です。

 今回は、話が散漫になってしまいましたが、BSE問題については、以下のホームページが参考になりました。詳しくは、以下のサイトをご覧ください。

農林水産省BSE関係
http://www.maff.go.jp/soshiki/seisan/eisei/bse/bse_j.htm
厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/
 献血見合わせ措置に関するQ&A
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/7m3.html
 BSE関係 http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/bse.html
食品安全委員会プリオン専門調査会
http://www.fsc.go.jp/senmon/prion/

日本経済新聞社BSE特集
http://health.nikkei.co.jp/bse/index.cfm
読売新聞社BSE特集
http://www.yomiuri.co.jp/features/kgbs/

sasayama'Weblog(元国会議員の笹山登生氏サイト)
http://www.sasayama.or.jp/wordpress/index.php?cat=2
BSE&食と感染症 つぶやきブログ(Mariko氏のサイト)
http://blog.goo.ne.jp/infectionkei2
(上のふたつのブログ著者は、食品安全委員会の傍聴やネットサーフィン、意見交換を通じ、BSEに関するさまざまな問題を整理し、情報提供しています)

吉野屋D&C(同社のアメリカ牛肉に対する考え方)
http://www.yoshinoya-dc.com/




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