戸沢村角川だより5
またぎと里山


出川真也




 山形県北部に位置する戸沢村角川地区。今シーズンは19年ぶりの大雪だということです。昨年作ったあづまや(高さ約3メートル)もすっかり埋もれてしまいました。

 この期間は何もかも雪に埋まり、里の人々も家の中で薪ストーブにあたりながらひっそりと暮らすのが常です。が、この季節こそ元気に里山を駆け巡る人々がいます。またぎ(猟師)のおじさん達です。

冬の郷土食とまたぎの関係
 冬の角川の郷土食といいますと、春に採って保存してある山菜や自家製の味噌と納豆で作る納豆汁などです。いずれも野菜系。ところが、時折、大根と一緒に煮込んだ兎の汁や兎ハンバーグが出てくることがあります。シャリシャリとした食感で、独特の苦味のある香ばしい味わい。これこそ冬の貴重な蛋白源、またぎのおじさん達が苦労してしとめた獲物の郷土料理なのです。

またぎの兎狩りに同行〜獲物の足跡のおもしろさ
 2月も半ばに差しかかろうというある日、数日続いた雪も落ち着き、明日は「またぎに出るべ」と長年この時期にまたぎを行う久一さん。私もついに念願かなって、彼の兎狩りに同行させてもらいました。二足かんじき(二重になった大きなかんじき)を履き、山へ出発。意外にも奥山ではなく、里に近い山に獲物がいるようです。山を登り始めてすぐ、久一さんが指差して「あの向こうのは、テンだな、交互にそろっている足跡が特徴だ」とか、「あれは野うさぎだ。足跡がこう跳ねているのが分かるべ。これを今回ねらってるんだや」とか、「リスはな、後ろ足が大きく跡が付き、前足がちゃっこく(小さく)付くんだ、キジは尾っぽが長いんで、一筋の線のようになる。ほれ見ろ、あれはキジだな」と歩きながら瞬時に判読し楽しそうに語るのです。彼は今年、兎狩りに関して、自分でも満足できる成果を挙げているようです。

またぎの生態系認識の世界〜里に暮らす人々の「実践の知」
 またぎのおじさん達と山を歩くと生態系に対する「実践の知」とでも言うことを深く感じるものです。キツネと兎の出没の相関関係や年によっての増減、その周期、そして里山のどの辺りに(前にも触れたかもしれませんが、角川地区では同一の里山がいくつもの地名によって区別されて認識されています。これは山菜採りのおばさん方だけでなく、またぎのおじさん方も同様です)いつの時期に兎がいるかなど、詳細なものです。彼らの話は最初から個々の事象に対して精緻な語り方をするので、系統的に説明するのが大変難しいものです。それは理論ではなく、複雑なその時々の状況や事象を相手にするまたぎの「実践から導き出された知識」によっているからなのかもしれません。彼らは里山の生態系を理論的な全体像として認識するのではなく、里山を構成している個々の構成物に対する精緻な「実践の知」によって認識しているのです。
 そんなまたぎのおじさん方の言葉には、里山と近接領域で暮らす里人の「自然と人の近所づきあい」の原風景を垣間見ることができるようです。全体像を支配下に置くかのように理論付けることには関心を払わず、自分たちが活用する範囲において慎ましやかに学び理解していくこと。鑑賞のためではなく、ましてや理論のための里山ではない、それが暮らしと密接なかかわりをもって生身の付き合いを続ける里人の生態系に対する理解の流儀であり、自然に対する畏敬の表現なのかもしれません。



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