フランスのグリーンツーリズム(後編)

源氏田尚子

散歩中(?)のにわとり 子馬のエバは人気者


 フランス・ノルマンディー地方の農家民宿に泊まって2日目の朝、目が覚めると、遠くで「コッケコッコー」、「コッコ コッコ」とニワトリの声がする。養鶏を営むピレー農場に泊まっているので、さぞかし朝はうるさいのでは と思ったが、鶏小屋とは離れているので、それほどでもなかった。
 一階のダイニングに降りていくと、ピレー家の皆さん(ピレーさん、おかみさん、3人のお嬢さん)も、宿泊客の2組の家族も、もう席に座っていた。昨夜の夕食に引き続き、総勢16人で一つのテーブルを囲んで、賑やかな朝食が始まる。
 テーブルの上を見ると、真ん中に、1m近い、細長いフランスパンが4、5本、ごろごろと置いてある。一体どうするのだろう、食べるのは分かっているけど、どうやって? と戸惑っていると、各自が自分のナイフで好きなだけ切り取って食べるのだという。なんともシンプルな朝ご飯。「もうちょっとパンをもらえます?」、「あ、どうぞ」とテーブルの上で長いフランスパンをやりとりしながら、今日の旅程や近くのチーズ屋さんの情報を交換したりして、話が弾む。ちなみに、パンは、カフェオレに浸したり、おかみさん手作りのジャムを塗ったりしていただく。お手製のジャムは、畑でとれたリンゴのジャムと、春ならではの真っ赤なルバーブ(茎の赤い蕗のような植物)のジャムの2種類。甘すぎず、さっぱりしていて美味しかったので、自家用にも買って帰った。
食事の締めくくりに、これまた、おかみさん手作りのケーキが2種類出された。パウンドケーキと、ファーブルトンというプルーンを使ったフラン(プディングのような柔らかいケーキ)の両方ともいただいて、別腹も大満足だった(朝から食べ過ぎ…)。
 食事の後、ピレー家の一番下のお嬢さんが「アタシが農場を見せてあげる」というので、ついていった。まずは、ロバ、馬、それから、アヒルに合鴨。中でもエバという名前の馬は人なつっこく、子供達について回るので、人気者だ。そして、ニワトリ小屋では卵を集めるのを皆で手伝う。ピレー農場には大小2つの鶏舎があるが、小さな方の鶏舎では、ニワトリは放し飼いだ。元気のいい雄鳥を先頭に、30羽ほどのニワトリがタッタッターと庭を走り回っている。そのすきに(?)、小屋の床に落ちている卵を拾っては、次々とかごに入れる。中には、産み立ての卵もあり、子供達は「うわー、あったかーい。お母さん鳥が暖めていたのかなあ」と大喜びだ。
 最後に、大きな鶏舎に案内してくれた。食肉用のニワトリ3000羽を平飼いで飼育しているのだという。カマボコ型の大きな鶏舎に近づくと、中から、「コッコ」、「コッケー」と賑やかな声が聞こえてくる。ニワトリがどっと走り出してきたらどうしよう と少しどきどきしながらゆっくり扉を開けた。すると、一瞬にして、音が消え、静まりかえってしまった。数千羽のニワトリが、一斉に動きを止め、息を殺している。何故か、気まずい雰囲気がして、扉を閉めてしまった。再び、コッココッコと賑やかに鳴き始める。
「なんで静かになっちゃったんだろうね?」と7才の息子に聞くと、ぽつりと答えた。「分かるんだよ、きっと。また、誰か、連れて行かれるのかなあって」。その言葉にドキリとした。連れて行かれたニワトリの先には、死が待っている。そのことをニワトリは何となく知っているんじゃないか。子供なりの直感で、彼は、そう感じたのだろう。
 ふと、私は、「いただきます」という言葉の話を思い出した。食事の前に言う「いただきます」には、「食べ物の命をいただきます」という意味が込められているという法話を、誰かの法事で、お坊さんから聞いたことがある。人間は、いろいろな生き物の命をいただいて生きている、「いただきます」は、私たちを生かしてくれる他の命に有り難う という感謝を伝える言葉なのだ というような法話だったと思う。
 スーパーの売り場に並んでいる、パック詰めの鶏肉を見ても、この「いただきます」という言葉の意味はなかなか分からない(ご免なさい、鶏肉さん。私の想像力が乏しいからかも知れないけど…)。が、人間を見て、一瞬にして押し黙ってしまうニワトリ達を前にすると、このニワトリを一羽一羽連れだして、命をいただいていたんだ ということを感じずにはいられない。こうしたことが実感できるのも、農家民宿ならではだろう。

 帰る前に、ピレー家の皆さんや一緒に泊まっていた他の家族とも、一人一人握手して、ビズ(キス)して別れを惜しんだ。宿の人や他のお客さんと、こんな風に名残を惜しんだことは、これまでにもなかったと思う。ピレーさんは最後に、「どう? ホテルなんかに泊まるより、ずっと良かったでしょう」と茶目っ気たっぷりに笑った。ホント、ここに来なかったら、ニワトリにも、産み立ての卵にも、料理上手のおかみさんにも、おしゃべり好きなピレーさんにも、元気なお嬢さん達にも、他の家族のやんちゃな子供達にも、そして「いただきます」の言葉にも、会えなかったかも知れない。ピレー家に泊まって、本当に良かった。


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