今さら聞けない勉強室 ねもはも版
テーマ:情報公開と対話について
〜遺伝子組み換え作物から考える


牧下圭貴




 2004年春。今年も、遺伝子組み換え作物の野外実験がはじまっています。今年は、イネが4品種、トウモロコシが3品種、ワタ、大豆、ジャガイモが各1品種ずつの10品種の実験が予定されました。イネはすべて農水省関係の研究機関が開発したもので、昨年までのように地方自治体の開発や企業の開発はありません。イネ以外は、農水省系か海外の多国籍化学・バイオ企業です。
 今年最大の特徴は、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)が施行されたため、環境中への拡散を防止しないで行われる「第一種使用」の場合、環境大臣の事前承認が必要になったことです。また、あわせて、農水省が関係する研究機関に対し、「第一種使用規定承認組換え作物栽培実験指針」を出し、事前の情報公開と周辺住民の理解を求めたため、昨年までと違って、比較的早くに情報を把握することができるようになりました。
 その結果、西東京市の東京大学大学院ほ場で行われる予定だったGMジャガイモの隔離ほ場栽培実験が「周辺住民の理解が得られない」として延期され、神奈川県平塚市で行われる予定だった全農の花粉症予防イネの隔離ほ場実験も中止されました。
 そこで、GM作物開発の現状をまとめるとともに、科学技術開発と市民社会のあり方について考えてみます。

■GM作物開発の現状
 まず海外の状況ですが、すでに栽培されている除草剤耐性や殺虫性などのGMダイズ、ナタネ、ワタ、トウモロコシの栽培面積や栽培国は年々増えています。特に除草剤耐性ダイズは、世界の栽培ダイズの半数以上をモンサント社の1品種で占めるまでになりました。
 その一方で、2004年5月、モンサント社は、アメリカ、カナダ政府に申請を出している除草剤耐性コムギについて、他のメーカーが導入するまでは開発・商業化を延期すると発表しました。すでに出された申請を取り下げるわけではありませんが、事実上の中止発表です。これは、カナダや日本の製粉業界が反対したこと、日本、韓国といった消費国の消費が反対し、特に遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンなどがアメリカ・カナダに行って団体署名を提出するなど積極的な働きかけをした結果です。これにより、遺伝子組み換えによる主食用穀物の商業化は一歩後退しました。
 しかし、フィリピンなどで、ビタミンA強化のゴールデン・ライスについて実験栽培がはじまるなど、開発の動きは止まっていません。
 国内の状況ですが、イネを中心に、農水省系研究機関の開発が中心となっています。政府を上げて、バイオ大国化をめざしており、遺伝子組み換えイネの研究開発は、新たな国策産業化をもくろんだものと考えられます。また、引き続き、モンサント社をはじめ、多国籍化学・バイオ企業と、国内の公的機関の連携による開発が行われています。

 なかでも、もっとも注目すべきは農業生物資源研究所と全農がすすめている花粉症予防イネの動向です。



■医薬品作物を生産者の団体が?
 花粉症予防イネは、スギ花粉症を予防する目的で、独立行政法人農業生物資源研究所が開発したものです。アレルゲンとなるタンパク質の一部の活性部位(エピトープ)に対応する人工DNAを合成し、自然界に存在しない7Crpというタンパク質を発現させています。
 医薬品成分が、見た目では区別できないコメとして野外で生産しようというものです。
 全農(全国農業協同組合連合会)は、神奈川県平塚市にある全農営農・技術センターで今年から隔離ほ場栽培すると発表しました。もちろん、現段階で厚生労働省の食品としての安全審査は受けていませんし、医薬品としての申請や審査も受けていません。
 今年、カルタヘナ法が施行されていたおかげで、事前の説明会が開かれました。説明会では、平塚市や神奈川県の理解や、農協の理解は得ているとしていましたが、周辺市民や農業生産者などは納得しませんでした。説明会は、「よいこと」の説明に終始し、「問題点」は提示されず、リスクを共有しようとか、理解を求めようという姿勢ではありませんでした。そのため、地元生産者を含む参加者は説明会の継続を求めましたが、それには応じませんでした。
 その後、理解を得ていたはずの神奈川県、平塚市、全中(全国農業協同組合中央会)から中止を要請されたようで、5月26日、ホームページ上で「風評による農業等への影響を懸念する声が強いことなどから、関係機関と協議のうえ中止」と発表しています。
 しかし、今回の隔離ほ場栽培が中止されても、研究開発が中止されるわけではなく、引き続き注意は必要です。
 今回の問題は、大きく2つあります。ひとつは、医薬品成分を人工的に組み込んだ農作物が、医薬品の開発承認手続きを経ないままに野外栽培されようとしたこと。もうひとつは、全農という農協組織=生産者組織が、行おうとしたことです。農家を代表とする組織であり、また、全農は加工販売を行う消費者に近い組織だけに、全農の姿勢は理解できません。

■カルタヘナ法
 さて、ここで、今回、何回か出てきたカルタヘナ法について整理します。「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)は、「生物多様性条約バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」(カルタヘナ議定書)によりできた国内法です。
 カルタヘナ議定書は、遺伝子組換え生物等(LMO:Living Modified Organism)の使用による生物多様性への悪影響を防止するためのもので、ヒトへの健康影響も考慮されます。そして、ヒトへの医薬品以外の、遺伝子組み換え生物について生物多様性に悪影響を与える可能性があるすべての国境を超える移動、通過、取り扱い、利用に適用されます。
 締結国には、リスク評価、規制、管理、制御する制度の確立が求められ、拡散防止措置の下での利用について基準策定ができます。
 2003年6月に50カ国が締結したことで同年9月に発効しました。
 アメリカは締結していません。
 日本では、カルタヘナ議定書とその国内法であるカルタヘナ法が2003年6月に成立、04年2月に施行されました。
 カルタヘナ法は環境省の所轄で多くの省庁が関係します。環境中への拡散を防止しないで行われる「第一種使用」は環境大臣の事前承認が必要となり、緊急時に、遺伝子組み換え生物の回収、使用中止ができること、違反者への罰則規定が盛り込まれたこと、情報公開を求めたことなど、遺伝子組み換えについて、生物多様性の側面から罰則を含む一定の規制がかかることになりました。
 残念ながら、カルタヘナ議定書の趣旨をカルタヘナ法が十分に満たしてはいません。カルタヘナ法では、生物多様性の対象となる生物を野生生物のみとして、農作物や家畜などは対象外のため、遺伝子組み換え作物により農作物が交雑などの被害や影響を受けても規制の対象となりません。
 また、農林水産省が関係する研究機関に対し、「第一種使用規定承認組換え作物栽培実験指針」を出し、事前の情報公開と周辺住民の理解を求めましたが、これに民間企業や大学などは含まれません。この実験指針は、栽培実験での隔離距離が十分ではないという問題点もあり、この「実験指針」にそって企業などが自らの指針をつくることに不安があります。

■リスク説明のない情報公開って?
 今回開かれた説明会や、ホームページでの情報公開を見てみると、どこも開発による成果と安全性ばかりを説明し、リスクや分かっていない点については説明を行っていません。
 リスクコミュニケーションにはほど遠い状況でした。
 そのなかで、西東京市の東京大学大学院ほ場で行われる組み換えジャガイモ栽培実験については、4月27日に説明会が開かれ、十分ではないとして、5月7日に2回目が行われ、さらに、都議会議員有志による「説明を聞く会」が続けて行われるなどの結果、実験農場長の大杉立教授が、市民の理解を得られないまま実験はできないとして実験の延期を決めました。議論をつくせなければ、延期(中止)するという姿勢は、今後、研究開発と市民の理解・対話に向けた第一歩だと評価できます。

■リスクコミュニケーションと予防原則
 昨年7月に発足した政府の食品安全委員会は、「リスクコミュニケーション」をうたっています。
 環境省環境保健部のホームページでみると、リスクコミュニケーションとは、「化学物質による環境リスクに関する正確な情報を市民、産業、行政等のすべての者が共有しつつ、相互に意思疎通を図ること」としています。
 カルタヘナ法や「実験指針」にみられる情報公開と市民の理解を求める動きもまた、リスクコミュニケーションの考え方によるものです。
 今日、化学物質やバイオ産業だけでなく、科学技術開発・新しい技術の導入を行うためには、利便性ばかりでなく、どのような問題・リスクがあるのか、何が分かっていないのか、市民社会は、その技術を受け入れる社会的、倫理的(思想的、哲学的)な用意はできているのかを議論し、市民社会の理解を得てからものごとをすすめ、理解が得られない限り、開発や技術の導入、産業化を進めないという態度が必要です。
 それは、リスク情報の共有と意志疎通によるリスクコミュニケーションに、予防原則を加えた態度です。
 予防原則とは、リスクが把握できないなら導入しないという考え方です。
 きちんとしたリスクコミュニケーションを行い、予防原則をとることで、新しい技術の導入はこれまでよりも遅くなることでしょう。しかしこれにより、市民、科学者、企業、行政など社会全体で、科学や技術のあり方について情報を共有し、問題点を把握し、社会の方向付けを行うことができます。
 現代のように、科学技術や産業の発展に法律や倫理が追いつけない状況は、個人や社会にとって異常であり、早く解消したいものです。


リスクコミュニケーションについて(環境省環境保健部)
http://www.env.go.jp/chemi/communication/
リスクコミュニケーションチェックシート集
http://www.env.go.jp/chemi/communication/1-9.html
日本版バイオセーフティクリアリングハウス(環境省)カルタヘナ議定書関連情報サイト
http://www.bch.biodic.go.jp/




copyright 1998-2004 nemohamo