遺伝子組み換え連載講座 10
遺伝的組み換え技術 その3


前川隆文



 目的の遺伝子を導入したDNAを植物の細胞に導入するには、電気ショックや銃弾などの物理的方法、特殊な薬品を使う化学的方法、アグロバクテリウムなどを使う生物学的方法などがあります。どの方法にしろそれほど確立がよくなくて、千個から数万個に1個の細胞にDNAが導入されます。DNAが導入された細胞を選び出すときに抗生物質が使用されます。導入するDNAに目的の遺伝子以外に抗生物質耐性遺伝子を持たせてあるのです。目的の遺伝子が導入されていない細胞を抗生物質で殺してしまうのです。遺伝子組み換え技術で抗生物質耐性遺伝子は問題になります。一つがもともと目的でない遺伝子を入れているということ。もうひとつがその植物を食べた生物(家畜とか人間)の腸内細菌が抗生物質耐性遺伝子を獲得するのではないかということです。後者については、間接的ながらそれを示す論文が出ています。多くの遺伝子組み換え植物には抗生物質耐性遺伝子が導入されており、その状態で栽培、食用としての認可がおりてしまっています。実は開発にもうちょっとお金と手間さえかければ抗生物質耐性遺伝子を除去することもできるのです。そのお金さえも出し惜しんで企業は開発を急ぎ、アメリカ、カナダ、日本などの政府はそれを許可してしまっています。
 それでは導入された遺伝子は植物のどこに入るのでしょうか。植物の細胞には核と呼ばれるゲノムDNAを格納する専用の器官があります。植物のゲノムにも人間と同じ数万個の遺伝子を持っているのですが、遺伝子以外の機能がない・もしくは不明の領域がたくさんあります。おそらくその部分に挿入されているのだろうと報告されています。というのも、ゲノムについてはまだまだ不明な部分が多く、これまで開発されてきた遺伝子組み換え植物はそのほとんどが結果オーライ方式で選抜されたのです。つまり、ゲノムのどこに挿入されているかは不明でも、きちんと生育すれば使える、ということなのです。実はここにも問題が隠されています。というのもゲノムの中でも機能がない、もしくは不明と想定されている領域にも、実は大切な働きがある可能性がだんだんと指摘され始めているのです。本来ならば機能がある遺伝子を破壊して他の遺伝子を挿入しているとすれば、生体としては問題を抱えているのです。また最近は、花粉に遺伝子が入らないということで、葉緑体やミトコンドリアに組み換え遺伝子を導入する技術も進んでいます。しかし、これらの遺伝子もごく小数ではあっても花粉に入るという知見もあります。例外のない生物の規則はない、というのが正しい生物学者の認識だと思います。
 目的の遺伝子を導入した作物が完成すれば、今度はその作物が目的の機能を発揮するかを調査して実験段階は終了です。目的の遺伝子さえあれば、この段階までの実験は2〜3年で終了します。技術はどんどん進んでいますので、最短では1〜2年で終了するようになるでしょう。
 現在、生物学の研究には、様々な局面で遺伝子工学技術が使われ、遺伝子のことが取り扱われています。生態学、進化学、発生学、免疫学などほとんど総ての分野にです。我々に身近なこととしては、植物以外にも家畜、ペットだけでなく、細菌や様々な発酵菌などにもその技術は応用され、実用化されようとしています。2003年12月には、BSE耐性(候補)の遺伝子組み換え牛が韓国で誕生したと報道されました。また人間の医療分野にも、遺伝子治療、遺伝子組み換えワクチンなど、急速に開発が進められています。生物学者にとっては遺伝子は宝の山のようなもので、この流れは当分変更されないでしょう。しかし現在のところ、遺伝子治療の報告も小数ですし、画期的な結果は多くありません。しかし学者というものはあきらめの悪い人種ですし、そのうち何らかのブレークスルーがあるやもしれません。それと同時に、思いもよらない悪いことが起こる可能性もあるでしょう。食べ物関連では消費者の反対運動の成果で、それほど進展を見せていませんが、他の分野にも様々な問題が隠されているでしょう。また、コンピュータの能力向上に伴って生物学の知識も急速に集積が進んでおり、一部の国や研究所などに知識や技術が集約される傾向もあります。
 10回に渡ったお話しも今回で終了です。遺伝子組み換え技術よりは、生き物についてのお話しが多かったと思いますがご容赦ください。縁があればまた読者のみなさまにお会いしたいと思います。



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