イタリア・トスカーナにアグリトゥリズモを訪ねて

源氏田尚子




 陽射しも暖かくなってきた4月上旬、イタリア・トスカーナ地方のアグリトゥリズモを訪れた。アグリトゥリズモは、地方の農家が経営する宿で、日本では農家民宿と訳されることが多いようだ(こうした宿に泊まって田園地帯をのんびり楽しむような旅もアグリトゥリズモと呼ばれることがある)。宿泊客にとっては、田園風景を満喫し、その土地の、とれたての農産物やワインを味わうことができるのが魅力である。アグリトゥリズモの盛んなイタリアでは、こうした宿が約9000軒もあるそうだ。
トスカーナ地方は、イタリアの代表的な農業地帯で、イタリア半島の中北部、ローマとミラノの間に位置している。なだらかな丘に、オリーブ畑とブドウ畑が幾重にも広がり、緑の牧場が点在する。「トスカーナ」という地名は、イタリア人にとっても、そして多くの欧州人にとっても、「心のふるさと」を思い起こさせるような、心地よい響きを持っているようだ。イタリアで1960年代に、最初のアグリトゥリズモ協会が発足したのもトスカーナ地方だという。
今回泊まったのは、比較的海の近くにある、ボスチ・デ・モンテカルビ農園。経営者のカルラ・ルッソ女史が、アグリトゥリズモがやりたくて、耕作が放棄されていた農地を購入し、10年前に始めた農園である。アグリトゥリズモの経営者には、もともと農業をやっていて、副業として民宿を始めた人ももちろんいるが、逆に、アグリトゥリズモがやりたくて農業に携わるようになったという人も多いそうだ。
 トスカーナの自然にほれ込んでカルラが始めた農園は、有機農園だ。山腹に広がる42haの敷地には、オリーブの若木が並び、野菜や果物を育てている小さな畑もある。イタリアの有機生産物管理協会(CCPB)の認証を取得しており、「生産量は少ないけれど、とても質のいいものを作っている」と自負している。養蜂もやっているので、農園を歩いていると、時折、ブーンとミツバチの羽音が聞こえる。農園は、アルバニアから移住してきたピエトロ一家にも手伝ってもらっている。
 建物は、1800年代に建てられた古い農家を改築して使っている(購入したときは廃墟同然だったとか)。どっしりした石造り、床はタイル張りと、トスカーナの伝統的な建物の様式を守って再建されている。最近は、伝統的な建築工法を頼める大工さんが少なくなってきているのが悩みのタネだそうだ。なお、建物の中は、各ベッドルームにトイレとシャワーもついていて、とても快適。キッチンもあるので、自炊もできる。
 そして、最大の楽しみの食事(なのは、私の食い意地が張っているせいか…)。食事は、やはりトスカーナの家庭料理。メニューは日替わりだが、夕食の一例を挙げると、まず前菜は、畑でとれた野菜とオリーブ、トスカーナ名産サラミのサラダ。続いて豆のパスタ。トスカーナの人々は「豆喰い」とあだ名されるほど豆をよく食べるそうで、パスタソースには豆がたっぷり。ほのかな豆の甘みがパスタに染み込んで美味しい。そしてメインは、お魚をトマトソースで煮込んだもの。この辺はり海が近いので、魚もよく食べる。オーブンから甘い香りが漂ってくるとデザート。松の実が香ばしい、焼きたてのケーキが出てきた。最後にエスプレッソ・コーヒーか、キンキンに冷やしたレモンチェロ(レモンのリキュール)で締めくくる。食事は食堂に集まって、皆でワイワイと食べる。小さな子供づれの家族も多いので、とても賑やかだ。
 宿泊客は、我々の他はイタリア人ばかりだった(アグリトゥリズモによっては、もっと外国人が多いところもある)。1週間単位で部屋を借り、長い休暇を楽しむ家族連れが多いようだ。宿泊客は、農園内を散歩したり、夏には庭の小さなプールで子供を遊ばせたり、思い思いに過ごしている。アグリトゥリズモを拠点にして、近くの海や、あるいは観光地(フィレンツェやピサなど)に日帰りで出かける人もいる。

 カルラのアグリトゥリズモには、トスカーナの風土、文化を大切にする気持ちがあふれている。イタリア人は、地方色を非常に大切にすると言われるが、それをひしひしと感じる。建物や料理にしても、また育てる作物にしても、「トスカーナらしさ」に徹底的なこだわりがある。毎年、多くの人が、トスカーナにあこがれて、アグリトゥリズモを訪れ、満足して帰ってくるが、その背景には、「トスカーナらしさ」を大切にするアグリトゥリズモの人達の大きな努力があるように思った。

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