遺伝子組み換え連載講座 9
遺伝的組み換え技術 その2


前川隆文



 遺伝子組み換え作物を作る主目的は、特定の機能を植物に付け加えるためにあります。その機能には、例えば除草剤耐性、低温耐性、特定の栄養素の増量、花粉症抗原の付加、アレルゲンの除去などです。まずこれらの機能を発揮する遺伝子を探すのが、一番重要な点です。除草剤耐性の例では、モンサント社は長年自社の除草剤ラウンドアップを分解する細菌を探していました。それはラウンドアップ工場の排水溝から見つかりました。その細菌からラウンドアップ分解酵素をコードする遺伝子を見つけだしたのです。岩手県が開発した低温耐性稲の場合は、低温耐性の機能を持った遺伝子は稲自身にありました。それは偶然発見したのではなく、他の生物ですでにそういう機能があることが見出されていたGSTという遺伝子を試してみたのです。
 ちょっと寄り道ですが、遺伝子の機能の探索方法を簡単にご説明します。これにはおおまかに2つの道筋があります。
(1) 何かの機能が欠損している生物個体を見つけだし、それが正常個体のDNAとどう違うのか解析する。例えば、目が赤いハエがいるとして、白いハエとの差を生みだしている遺伝子を探し出す。違いのある遺伝子が見つかれば、その遺伝子はハエの目の色を支配する遺伝子だということになる。
(2) 遺伝子配列はわかっているが、機能不明な遺伝子があります。この場合はその遺伝子を破壊した個体を作成してその個体にどのような結果が生じるのかを観察するのです。例えばAという遺伝子を破壊したハエは、手の生え方に異常があったとします。それは遺伝子Aが手の形成に関与していることを示しています。
 (1)は個体→遺伝子、(2)は遺伝子→個体→遺伝子という道筋で遺伝子の機能を探っているのです。この2つが主たる方法ですが、現在はもう一つ有力な方法があります。それがゲノム解析による方法です。現在はたくさんの種のDNA配列が決定されています。その過程で判明したことは、種が違ってもDNA配列はよく似ているということです。例えば先ほどのハエの手の形成に関係していた遺伝子Aですが、それによく似た遺伝子がネズミにあったとします。それはネズミでも手の形成に関与しているのではないかと予想されるのです。そしてその予想はかなりの確率であたっていることが確かめられています。
 閑話休題、岩手の稲の場合のGST遺伝子も、他の生物種でこの遺伝子が低温耐性に関与していることが判明しており、それではということで稲のGST遺伝子を余分に付け加えればもっと低温耐性になるのではと考えたわけです。  これら目的の遺伝子が見つかったら、それを今度は運び屋であるプラスミドDNAに組み込み、細菌に導入します。プラスミドDNAは運び屋であると同時に、遺伝子操作が簡単であるため、本体の植物に導入する前にいくつかの加工を施します。最大の目的が遺伝子を働かせるプロモータにあります。プロモータは簡単に説明してしまえば、遺伝子からタンパク質を作る際のスイッチ兼アクセルです。例えば人間には3万種の遺伝子がありますが、それぞれのプロモータの配列も様々で、強さや働くタイミングも違います。このプロモータの違いによって(もっと複雑なメカニズムもありますが)、例えば皮膚だけで機能する遺伝子、胎児のときだけ働く遺伝子などの違いが生み出されているのです。遺伝子組み換えに用いるときは、そんな時期とか器官とかは関係なく、目的の遺伝子が強くいつでも働くほうが実際的には都合がよいため、そのようなプロモータを遺伝子に繋ぎ合わせるのです。植物の場合はカリフラワーモザイクウイルスのプロモータがよく使われます。ウイルスというものの性格上、器官や時期など関係なく強く働くプロモータを持っているのです。それは現在見つかっているプロモータの中でも最も強いものの一つです。そういった強く働くプロモータを使うことは、実験としては都合がよくても、実は様々な問題を起こす可能性を持っているのです。現実の生体内にはそのようなプロモータはほんの数種類しかないのは、当然それなりの理由があるわけですから。例えて言えば、おとなしい日本の在来種のメダカの中に、獰猛で生存力の強い外来種を導入したような感じでしょうか。科学者にもこの手法には問題があるのではと考える人はたくさんいます。
 次回は、植物体に導入するところを説明します。



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