パンとジャガイモのお話

広瀬珠子


 今回はドイツの主食、パンとジャガイモの話をしてみたいと思います。
 まずはジャガイモ。料理のつけあわせとしてジャガイモがつくことは多く、ゆでただけのジャガイモ、ベーコンと炒め合わせたもの、ポテト・サラダ、マッシュポテト、フライドポテト、ジャガイモを練りこんだショート・パスタのようなもの、ジャガイモと小麦粉を練り合わせた巨大な団子など形態はさまざまですが、たしかに主食と呼ぶにふさわしく、一皿に出てくるものを全部食べるとお腹が苦しくなるほどボリュームがあります。ジャガイモのグラタンや、ジャガイモのオムレツやキッシュ、肉やベーコンとジャガイモを炒め合わせたものなど、ジャガイモそのものをメインにした料理も多数あります。ジャガイモのスープもドイツ料理ではおなじみの一品で、たいがい田舎風のジャガイモ濃度がとても濃いどろっとしたスープで、しっかりお腹にたまるので、軽く食べたいときにはこのスープとパンだけで十分です。ジャガイモの種類はいろいろありますが、煮るとやわらかくなって崩れるマッシュポテトなどに使うタイプと、いくら煮ても形がしっかりしたままのポテト・サラダなどに使うタイプの2種類に大別されます。値段は自然食品店で有機栽培のものを買っても1キロ190円くらい。1個のサイズがソフトボールくらいの巨大ジャガイモもあり、これをホイルに包んで焼いた上にハーブ入りのヨーグルト・ソースなどをたっぷりかけたものを立ち食いスタンドで売っていたりしますが、これは2人で食べても1個で十分お腹がいっぱいになります。
 さて、そしてパンです。パンはドイツではおそらく朝、昼、晩と最も頻繁に食卓に登る重要な食材で、小さなパン屋さんが街のあちらこちらにあり、たいがいいつもお客さんが数人は店先にいる状態で繁盛しています。ドイツのパン屋さんは日本のお豆腐屋さんのような感じで、夜中のうちから仕込んで焼き始め、早朝から店を開けています。冬は8時過ぎくらいにようやく空が白み始めるのですが、夜明け前の暗い街でパン屋さんだけが電気をつけています。ドイツでもいろいろな食材をすべてそろえたスーパーマーケットのようなチェーン店がいくつもあり、そういうところでは市場のように量り売りではなく、食材がすでに小分けに包装されて売られていることが多いのですが、それでもパンとチーズとハム・ソーセージ類(肉類)に関しては、カウンターの後ろに店員のいるコーナーが別に設けてあり、対面販売のシステムが残されていることが多いです。客は店員にいろいろ聞いたり、あれこれと味見をさせてもらったりしながら、買うものを吟味します。ハム、チーズに関してはこの味見がとても重要なのでしょう。パンに関しては味見はしませんが、大きな塊で焼いてあるものがあるので、店員に半分とか1/4とかに切って重さを量ってもらう(パンも量り売りです)必要があったり、またおそらくプラスチック袋に入れて密閉してしまうと湿気がこもって味が落ちるため、カウンターや棚にそのまま並べる方式にしているのではないかと思います。包装されていないので、パンの種類や店の名前などを書いた小さな紙ラベルがパンに直接貼ってあります。買ったパンを手渡してくれるときも、紙に包むか紙袋に入れてくれます。たしかにその日の朝に焼きたてのパンは、外側がこんがり香ばしくて固く、内側はしっとりしていて、呼吸をしているように感じます。ただし家では、その日に食べる分はそのままでいいですが、翌日以降に残しておく分はしっかり袋に入れておかないと、空気が乾燥しているのですぐ固くなってしまい包丁の刃がたたなくなります。
 パンの種類はもちろん豊富ですが、日本のパンと決定的に違うのは重量感です。全粒粉や粗びき粉、ライ麦など黒っぽい粉を使ったどっしりとしたパンが多く、ごろんとした塊で買いますが、ぼそぼそした食感なので薄めにスライスしてバターをぬり、さらに好みでハムやチーズを上にのせたりして食べると、しっかりとした噛みごたえと素朴な味が生きてくる気がします。細長いバゲットや朝食用の丸パン、ソーセージをはさんで食べるパンなど白い生地のものもありますが、いずれにしても日本のパンのように白くてふわふわで生地にまで砂糖を入れて甘くしてあるなどということはなく、食べごたえがあるごわごわした感じです。
 生地の発酵にはイースト(Hefe)も使われますが、ちょっと酸味のあるどっしりしたライ麦パンなどにはSauerteig(酸っぱい種生地)という元種が使われます。Hefeは日本のように乾燥した粉状ものもありますが、やわらかい四角い形状の生のものも冷蔵状態で売られています。これもほぐして温水に溶いて使います。Sauerteigはライ麦に水を加えてどろどろの状態にしたものを数日かけて発酵させたもので、家で自分でも作れますし、食料品店やパン屋さんで少量を買うこともできます。全粒粉やライ麦にHefeなど必要なものをすでにぜんぶ混ぜた「パン焼き用の粉」も売っており、これは水を加えてこねて発酵させて焼くだけなので私も試してみましたが、見事どっしりしたパンが焼けました。今度はSauerteigも試してみたいですね。
 パン屋さんで売っているパンは、生地にクルミやレーズン、ハーブ類、炒めたタマネギ、ベーコンなどを練りこんであったり、表面にヒマワリの種、ゴマ、ケシ、ハーブ類、岩塩などをびっしりとつけてあるものなど、いろいろな種類があります。シナモン・シュガーやリンゴ、チョコレート、チーズなどが入った菓子パンといったものも一応ありますし、レタスやトマト、キュウリ、ハムやチーズ、サーモンなどをはさんだバゲットも売っており、外出時に軽く食べるには最適です。あと忘れてはならないのが、焼きたてあつあつのソーセージをパンにはさんでくれる立ち食いスタンド。ソーセージのほかに南ドイツ特有のLeberkaeseという、細かくすりつぶした牛豚肉をミートローフのような形に蒸し焼きにしたものを1〜2cmの薄切りにしてパンにはさんだものも売っています。食感はジューシーふわふわの「肉はんぺん」といった感じで、粒カラシとハチミツを混ぜたSussersenf(甘いカラシ)をたっぷりつけて食べます。
 ドイツの食べものというと、手の込んだ味付けの繊細さや見た目の美しさよりは、田舎っぽい素朴さと実際的な量で勝負といった感じで、ときとしてその「大味」加減にげんなりすることも確かにありますが、真冬の木枯らしに吹かれながらスタンドで食べるあつあつのソーセージやほくほくのジャガイモ、噛みしめて味わう黒パンなど、ここでしか食べられない「素朴なおいしさ」が私はとても気に入っています。


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