いまさら聞けない勉強室
テーマ:スターリンク

牧下圭貴

 今回のテーマは、スターリンク。美しい名前ですね。これは、トウモロコシの品種名です。この名前は、アメリカを震撼させ、近い未来を予感させる不安をしめす言葉になりつつあります。
 食用未承認飼料用遺伝子組み換えトウモロコシ・スターリンク。
 つまり、人間が直接食べることは認められていないけれど、牛や豚、鶏を育てるエサとして食べさせるのは認められたトウモロコシです。
 このスターリンクが、アメリカの、そして、日本の食品に混入していました。
 市民運動側が指摘していた不安が現実のものとなりつつあります。

●スターリンクとはなにか

 スターリンクとは、遺伝子組み換えによりトウモロコシにつく虫を殺す成分を生みだす能力をもったトウモロコシの品種のひとつです。ヨーロッパの大手バイオ会社アベンティス社が開発しました。この殺虫能力は、Btという菌が殺虫能力をもつため、その菌の遺伝子を利用しているとされます。これまでにも、Btの遺伝子を利用した殺虫性のトウモロコシが開発、栽培され、食用にも使われています。
 スターリンクについては、アメリカでは、1998年に家畜飼料用として作付けが認められ、98年より栽培されています。食用としては未承認です。アメリカ環境保護庁(EPA)が検討を続けていますが、スターリンクには、人間が消化分解しにくいタンパク質(Cry9C)があり、アレルギー原因になる可能性など人間への安全性が確保できていないとして人間の食用に認められていません。
 日本では、農水省により組換え体利用飼料の安全性評価指針に基づく確認が行われますが、スターリンクについてはこの確認がされていません。また、厚生省による食用としても未確認の状態です。
 つまり、日本では生産、輸入、流通、販売(飼料、食用)されてはならないはずの、日本には存在しないはずの遺伝子組み換えトウモロコシです。

●スターリンク混入事件とは

 アメリカのマスメディアがニュースとしてとりあげたのは2000年9月です。
 アメリカの環境保護団体「地球の友」が民間の研究所「ジェネティックID」に調査を依頼した検査により、アメリカのメキシカンファストフード「タコベル」ブランドのタコス用シェル(皮)から、スターリンクが検出されたと発表しました。
 これをアメリカの環境保護局(EPA)と食品医薬局(FDA)が調査したところ、フィリップ・モリス社傘下のクラフト・フーズがタコベルブランドで小売店に販売していたタコスシェルからの検出が確認され、指摘を受けた同社が独自調査で事実を確認し、全面回収を行いました。同商品はペプシコ社の子会社、サブリタス・メキシカリ社が製造。原料はトウモロコシ粉大手のアズテカ・ミル社が製造していたものです。
 クラフト・フーズ社側は、回収にあたって、EPAに対し、「食用が認められない作物の栽培を承認するべきではない」と提言を提出しました。
 その後、種子の販売を行っているアベンティス社は、種子の販売を食用として認められるまで中止することを発表しました。
 しかし、事件はそれでおさまりませんでした。
 9月末になると、アメリカ農務省がアベンティス社と協議、2000年度収穫のスターリンクをアベンティス社が全量買い上げすることになりました。
 その後、EPAがスターリンク混入を正式に確認し、他の食品についても調査すると発表しましたが、環境保護団体がそれに先駆けて他メーカーの製品からスターリンクが検出されたと発表。自主的な回収が広がりました。
 この混乱の結果、EPAはアベンティス社がスターリンクの栽培許可を自主的に取り下げるよう求め、アベンティス社もそれに応じざるを得なくなりました。
 2001年よりスターリンクが栽培されることは「公式には」ありません。
 なお、日本の厚生省は、2000年11月7日の報道発表で「最新の情報によると、本年度産のスターリンクについては、98%以上が回収済、又はUSDAの管理下にある」としていますが、アベンティス社はスターリンクの買い戻し期限を2001年9月まで延長するとしています。

●日本におけるスターリンク

 スターリンク事件は、実は対岸の火事ではありませんでした。日本に輸入されていた家畜飼料にスターリンクが混入していたのです。さらに、日本で製造されたトウモロコシ加工粉にもスターリンクが混入していました。
 遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンは、国内に流通している食品類の「検査運動」を行っています。その中で2000年5月に同キャンペーンが発表した家畜飼料検査の結果2種類の未承認遺伝子組み換え作物が検出され、そのうちのひとつがスターリンクだったのです。
 10月25日にはトウモロコシ加工粉からもスターリンクが検出され、発表されました。厚生省は、同日、アメリカに正式にスターリンクを輸出しないよう要請しましたが、その事実は発表されませんでした。
 ところが、NHKが11月6日に厚生省が9月頃には国内飼料からスターリンクを検出、10月20日に確定していたことを報じると、翌日には検出の事実を発表。また、農水省も、アメリカと輸出しないための措置をとる協議をしていると発表し、さらに、通常の安全性評価とは別に、鶏を使って問題となっているタンパク質が肉などに残留するか実験するとしました。同様に厚生省もアメリカと検査分別して輸出することを確認したと発表します。しかし、同時に、厚生省は、食品衛生法で未承認遺伝子組み換え作物が取り締まれるのは2001年4月以降だとして、法的措置はとれないと弁明します。
 このような中、10月以降アメリカからのトウモロコシ輸入が激減しましたが、12月になると輸入量や輸入成約は元に戻ります。
 日本の牛肉、豚肉、鶏肉、牛乳、卵は、アメリカからのトウモロコシなしに生産できないからです。
 日本は世界最大の穀物輸入国です。大豆、ナタネ、トウモロコシは飼料用、油脂用、人間の食用として日本に大量に輸出されます。そのいずれも遺伝子組み換えされたものが多く含まれています。その中に、未承認のものが含まれているかどうか、2000年秋現在、日本の検査員は全国で62人、DNA検査機は2台、タンパク質分析装置は1台しかありません。

●本当にパンドラの箱ではないのか

 11月終わりに、フランスのアベンティス子会社、アベンティス・クロップサイエンス社がアイオワ州ガースト・シード社の生産した98年産トウモロコシ種子から、スターリンクにのみ存在するタンパク質が検出されたと発表しました。
 アベンティス社は、スターリンク以外のトウモロコシから同タンパク質が検出された理由はわからないとしています。
 さて、一般論ですが、トウモロコシは他家受粉作物です。たとえばスターリンクの場合だとEPAはスターリンクを作付けする場合、約200メートルを緩衝地帯とすることを義務づけています。そして、この範囲に作付けしたトウモロコシはスターリンクと準ずるとされています。なぜならば、遺伝子組み換えしていない他のトウモロコシが受粉して、スターリンクの遺伝子を持つことになるからです。
 他家受粉による遺伝子の拡散や、近縁種への組み換え遺伝子移行については早くから不安視されてきました。
 今回、スターリンクについては、アメリカで44人がアレルギー症状を起こしたという報道もあります。もし、万が一、今承認されている「安全な」遺伝子組み換え作物のひとつに生態系や食品の安全上なにか重大な問題が起こったとき、今回のスターリンクのように「回収」することが可能でしょうか。
 別のトウモロコシ種子からスターリンクのタンパク質が検出されたことは、明らかに「回収」が不可能であることを物語っています。
 遺伝子組み換え技術の応用は、今もやみくもに穴を掘って宝物を探しているような段階であり、穴を掘った結果どうなるか、確かなことは誰も分かりません。遺伝子組み換え技術は未完成であり、決して遺伝子の働きがすべて分かって行っている行為ではありません。
 遺伝子組み換え生物を農地や海のような開放環境で栽培・養殖・飼育することは、潜在的な危険性を考えない暴挙だと思います。
 本当に深刻な事故が起こってからでは遅いことを、スターリンク事件は教えています。

copyright 1998-2001 nemohamo