しずみんの まう・まかん
お題:ぴりり・すぅーっ


水底 沈




●ゆずこしょうというもの

「ゆずこしょう」というものがある。青ゆずの皮をすりおろしたものとこしょう…青唐辛子をすり鉢で合わせ、塩を足した卓上調味料である。九州の名産らしく、熊本産や大分産のものが市販されている。
私にゆずこしょうを教えてくれたのは、熊本を故郷に持つ同居人だ。彼の父上はゆずこしょうを手作りしている。九州ではこのゆずこしょうが、うどんや鍋物に欠かせないという。
見た目は、少し色の濃い練りわさびのようなものだ。初めて使うときには必ず、「少しでいいよ!耳かき一杯で十分!」と注意される。なぜならこいつは、とてつもなく「効く」のだ。わさびとも一味唐辛子とも違う、つーんと鼻に来る辛みと清涼感。これをうどん汁に小さじ一杯も入れようもんなら、大変なことになる。
我が家では同居人の父上が手作りして分けてくれたものをお弁当の調味料用ミニカップに小分けして冷凍し、ちみちみとせせこましく使っているが、それでも次のシーズンまで保つ。たいへんコストパフォーマンスの高い調味料だと言えよう。
最近はよくそうめんの薬味に使っている。作家の宮尾登美子さんが、エッセイの中で「私はそうめんの薬味は青ゆずのすりおろしだけ、他には何も入れない」と書いていたのを思い出してふとやってみたらおいしかったのだ。宮尾さんは土佐の生まれで、あの辺は青ゆずの産地なのだ。このさわやかさに辛みが加わったのがゆずこしょうだ。ねぎと違って、後口がさわやかで何も残らない。その潔さが、とてもいい。
ゆずと唐辛子を使った調味料は、東北にもある。新潟の「かんずり」と言って、こちらは赤唐辛子と黄柚子、糀で作る。大寒のころに唐辛子を水に浸け、糀を入れて熟成させるため、同じ辛みとゆずの香りでもずっしりと重みのある風味になり、どこか大陸的でもある。ゆずこしょうの方は、東南アジアを感じさせるキーンと晴れた青空のような爽やかな辛みだ。同じような材料なのに全く別種の食べものになるのがおもしろい。

●ぽそぽそとねっとり

最近は東京のスーパーでも手に入るようになったゆずこしょうだが、その質はいろいろだ。私はかなり本格的なものから覚えてしまったので、正直言って大量生産のメーカー品では飽き足らなくなってしまった。何かひと味足らない割に、爽やかさも劣るのだ。また、市販品にはねっとりしたペースト状のものが多い。ほとんど質感はねりわさび。手作りの、ぽそぽそっとした感じのやつが口の中ではじけて香りがパアァと広がる、あの感じがねっとり系のゆずこしょうには、ない。
いろいろ試してみたが、市販品でおいしいのは熊本県球磨郡の「下村婦人会」というところでおばちゃんたちが作っているものだった。小さなビンで少しずつ売っている。これはかなり手作りのものに近く、香りも辛みもいい。球磨に行くとしこたま買い込んできておみやげにしているのだが、「またアレ買ってきて!」とねだられるのだ。「アレを切らしたから、ずっとうどんの時寂しかった」という友人もいた。こうしてじわじわと、私の周りに「ぽそぽそゆずこしょうファン」が増えているのだ。

●なるほどイタリアン

先日、思わぬところでゆずこしょうの香りに出会った。静岡県にあるイタリアンレストランだ。ここのシェフはイタリアンという概念にとらわれず、和食材や地場産の野菜で気に入ったものがあるとどんどん使う頭の柔らかい人だ。先日などは前菜に伊豆のトコロテンやわさびと山芋が出てきた。デザートにはあんみつも控えている。「何屋だっ!?」と叫びたいが、おいしいのでニヤニヤ笑ってどうでもよくなり、いつも丸め込まれてしまう。
ここのピッツァに、ゆずこしょうがのっかってきたのだ。「柚子胡椒と青しそのピッツァ」。薄めの生地にゆずこしょうを散らし、オクラの輪切りとえびをのせて焼いたものに、青じそのざく切りをたっぷり。ソースもチーズもかからず、何ひとつイタリアンでない変わったピッツァだ。
しかしこれが、「鮮烈」ということばが似合う食べものが他にあろうか、と思えるほどに鮮やかにおいしい。目が覚める。どんな香辛料をこのピッツァにのせても、この味の代わりにはならないだろう。口の中でゆずこしょうの香りと辛みとえびの甘味、青じその青くささが混じり合ってなんとも言えないソースになる。
意外なところでゆずこしょうの力を再確認したのだった。



■DATE
下村婦人会市房漬加工組合
熊本県球磨郡湯前町3117-3

創作イタリア料理アマレット
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