遺伝子組み換え連載講座 6
生物が行っている遺伝的組み換えについて(1)


前川隆文



 6回目にしてやっと遺伝子組み換えという言葉が出てきました。‘待ってました’と思われる方には‘ちょっと待って’になってしまいますが、今回は自然界の遺伝的組み換え現象についての説明です。
 農水省の研究所や農業試験場などのパンフレットで、遺伝子組み換え作物の安全性を訴えるのに、「自然界でも遺伝子の組み換えは起こっています」というもっともらしい説明が掲載されています。まあほとんどの生物の研究者なら、‘そんなアホな’、と思うでしょう。「遺伝的組み換え」と「(人工的)遺伝子組み換え」は当然別物です。あれを見ても、「市民をだまそうとしてるのか?」「それとも相当な?なのか」(この人たちの脳の遺伝子はもしかして組み換わっている?)と思ってしまいます。
遺伝子は文字(G、A、T、C)の書いてある巻物です。これが組み換わるというのは、別々の場所にあった2つの巻物が、それぞれが切れて、相互につなぎ換わることです。そのようなことが生物の中でいつどこでおこるか、なぜ起こるかを説明します。おおまかに2種類の組み換えがあります。組み換わる元々の2本の巻物の文字(塩基)配列が似ているものの間でおこるものと、そうでないものです。科学用語では、相同組み換え(似ている巻物どうしの組み換え)と、非相同組み換え(似ていないもののあいだでの組み換え)と呼びます。それと、二つにまたがるやり方として、組み換え修復というのがあります。組み換え修復には、相同組み換えも非相同組み換えもあります。順次説明します。

非相同組み換え:
 これについては、まず有名な例をあげましょう。利根川進氏がその業績によりノーベル賞を受賞した研究です。生き物は、常に多くの外敵にさらされています。その大部分は、細菌、ウイルスなどの侵入性の相手です。これらには、はっきりいって無数の種類があります。哺乳類はこれら無数の外敵に対し、‘免疫’と呼ばれる方法で迎え撃ちます。武器は、抗体とよばれる特定のタンパク質です。外敵を‘抗原’、迎え撃つ側が抗体で、抗原抗体反応といいます。この反応は鍵と鍵穴の関係で、一つの抗原には一つの抗体が用意されています。つまり無数(推定数百万種類)の外敵に対し、それと同じ数の抗体があるということです。ここで一つの矛盾が生じるのです。抗体はタンパク質で、その1個の遺伝子は数千塩基あります。‘数千×数百万=数十億塩基’になってしまいます。人間のゲノムは30億ですが、そのほとんどを抗体で占められてしまうことになるのです。そんなことはありえない上に、30億のゲノムで遺伝子は数%しかないことがわかっているのです。
 実はここには巧妙なしかけが隠れていました。抗体を作る遺伝子が実は、前部、中央部、後部の3個所に分断されていたのです。ここで単純にその3個所をA、B、Cとします。AにはA1〜A10までの10種類、BにはB1〜B100、CにはC1〜C50までというように、それぞれに複数のセットの遺伝子が3箇所の格納庫にしまわれていたのです。各々の格納庫から、外界からの侵入者に会わせて1種類が選ばれるのです。例えばA2とB23とC78が選ばれると、それらの遺伝子の境界が切断されて、お互いにくっつき、A2-B23-C78の遺伝子ができるわけです。組み換わる境界部分は場所が決まっているだけで塩基配列は似ていませんので、非相同組み換えです。格納庫の遺伝子の総数は、10+100+50=155個にすぎませんが、できる組み合わせは10×100×50=50万種になるわけです。実際はもう少し複雑な過程で、数百万種の抗体ができるのです。ここでも生物の基本原則、‘小数の基本単位が集まって無限の組み合わせを作る’、が出てきました。
 ここで挙げた例の遺伝子組み換えは、すべての哺乳類で保存されているプロセスです。このプロセスは、非常に洗練されたもので、進化の過程で数億年前に生み出されたものなのです。
 次回は相同組み換えと組み換え修復について。



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