遺伝子組み換え連載講座 4
人の細胞同士のおしゃべりについて


前川隆文




 指揮官(DNA・RNA)は配列と複製能力(自己増殖)、プレイヤー(タンパク質)は構造が重要です。タンパク質は複製しません。しかし最近脅威のBSEですが、その原因であるプリオンタンパク質は、驚くことに自らを増殖できます。増殖の方法は複製でなく構造の型をうつすというものです。タンパク質はアミノ酸が並んだものですが、実は同じアミノ酸配列でも違う構造がとれることがあります。普段プリオンは普通のタンパク質として振舞っていますが、何らかのきっかけで違う構造に変化します。その(悪い)構造をとったプリオンは、普通のプリオンの構造を自分と同じ悪いほうに変える力をもっているのです。悪い構造をもったプリオンタンパク質が蓄積して脳細胞を破壊してしまいます。若年性痴呆(若くてボケてしまう病気)で悪名高いアルツハイマーも、ベータアミロイドというタンパク質が、同じような方法で増えるために起きると考えられています。アルツハイマーは肉食では感染しませんが。
 閑話休題、今回は機能タンパク質のもうひとつ、情報伝達に関わるタンパク質のお話です。前置きとして、大腸菌や納豆菌などの細菌(単独生活者)と人などの多細胞生物の細胞の違いに着目します。まず人のほうが10倍ほどの大きさです。しかし進化的に重要なことは、外界とのしきり(生体膜)の違いです。細菌の膜は比較的単純で堅固な構造なのに対し、人細胞の膜はたくさんのタンパク質から構成されています。細菌などの単独生活者の外界は時々刻々と変化する可能性があり、しきりは堅固なものにする必要があるでしょう。しかし人など多細胞生物の体内はある一定の環境にあるためにしっかりしたしきりは必要がなく、それよりは他の仲間の細胞との連絡をとることがより重要な課題になったのです。人細胞の膜からは様々なアンテナが外に突き出ていて、細胞外からの情報を受け取れるようにしています。また、細胞自らも様々なメッセンジャーとなるものを放出して、お互いの連絡を密にしています。

細胞間情報伝達:何だか小難しい名前ですが、単純には細胞と細胞が常日頃挨拶や、手紙、電話など、緊密に連携をとっているということです。細菌の遺伝子は5千個ほど、人の遺伝子は3万個ですが、この差の多くはこの細胞間情報伝達に関わるものです。つまり人の細胞は、細胞が自分のために生きるためではなく、他の細胞と協力して生きるためにその能力の大部分を使用しているのです。これらに関わっているのもほとんどがタンパク質です(タンパク質以外のものもある)。今日の世界はインターネットによる高度情報化社会ですが、人の体内も細胞間情報伝達による高度情報化ネットワークが築かれています。
 おなじみの例では成長ホルモンがあります。これなどは脳の特定の細胞が成長ホルモン(タンパク質)を分泌すると、それが血液にのって体全体に運ばれ、最終的には細胞のアンテナがキャッチし、「成長する時期なんだな」と察知して細胞が増えるのです。この他にも風邪のウイルスがのどの粘膜の細胞に感染すると、感染された細胞が様々なメッセンジャーを放出し、それを体の他の細胞が受け取り、のどが赤くはれたり、熱がでたりして、感染に対する防御機構が動き出します。これらは比較的遠くの細胞間で、ある程度の時間のかかる連絡です。
 現在脳の働きについては、記憶(海馬)、運動(小脳)、思考(前頭葉)といった役割分担された領域があって、それらの細胞間が化学信号による電気パルスで繋がれ、ネットワークにより仕事がされていると説明されています。この化学信号による電気パルスも細胞間伝達が担っています。これらは隣同士の細胞で起こる、非常に早い連絡です。現代に多いうつ病や、統合失調症(旧:分裂病)など精神病の原因のいくつかも、細胞間連絡の異常が関与しているようです。興味深い例として、統合失調症の人は自分の足の裏を自分でくすぐっても笑ってしまう人がいます。これなどは神経伝達の異常により、自分と他人を区別するのに関わる神経回路がうまく機能せず、そのために患者は、自分の想像と他人の考えを区別できません。結果として様々な妄想の症状が表れます。



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