遺伝子組み換え連載講座 2
DNAの合理的な形、現実の機能実体はタンパク質
付録:生命のはじまり


前川隆文



 人間が行なう様々な仕事にはおおよそ指揮官とプレイヤーがいます。黒澤と三船(映画監督と役者)、トーレとバーニー(ヤンキースの監督と選手)のようなものです。監督の考えがプレイヤーに伝達され、プレイヤーがそれを実現する。DNAとタンパク質は少しそれに似ていて、DNAが配列をタンパク質に伝達し、その配列を持つタンパク質が機能を実践する。そのプロセスを紹介します。

 まずはDNAの形から。DNAは方向性が逆向きの2本の鎖からできています。2匹の蛇が頭とお尻を逆向きに平行にならんだようなものです(2匹がらせん状にからみあっている)。蛇の胴体からは手が出ていて、その先にA、T、G、Cの文字が書いてあります。Aの手はTと、Gの手はCと手をつなぎます。→GGACT→の手を持った蛇の反対側の手は←CCTGA←というようになります。この仕組みの優れた点は、2匹の蛇が分かれてそれぞれが別々の相手と手を組むとき、Gの手がC、Aの手がTと手を結ぶと、自動的に全く同じ2匹の蛇が2組できあがること。このように1セットのDNAから2セットのDNAができることをDNAの複製と呼びます。このシンプルで合理的なDNAの構造を発見をしたワトソンとクリックは1953年にノーベル賞をもらいました。

 1個の細胞は1セットのDNAを持っています。細胞が1個から2個になるときに、DNAも上述した方法で1セットから2セットになります。この‘複製する’というのも生物の基本戦略です(ねずみ算)。人間の1個の受精卵は、たった50回の分裂で何と100兆もの細胞になります。5日に1回のペースで分裂すれば250日でひとりの人間ができます。DNA複製と細胞分裂のスピードは、生物によって様々です。最速記録保持者のひとつが大腸菌で、1秒間に1000塩基(文字)のDNAをコピーし、20分に1回分裂します(7時間で100万倍)。食中毒の原因の悪名高い病原性大腸菌O-157も急速増殖します。

 DNAの複製は完璧ではありません(非常に正確でミスの確率は10億文字に1文字ほど。新聞(約30万文字/日)でいうとなんと10年間で1文字のミス!)。さらに紫外線や宇宙線によってもDNAの配列は変化します。複合的な影響で、世代を経るごとにDNAの配列が少しずつ変わっていくことによって、つまり生き物を作成する指令書が変化して、様々な種類の生物が生まれてきました。この過程を進化とよびます。すべての地球上の生物の細胞は例外なくDNAを持っており、35億年前に生まれた祖先の1個の細胞から進化した子孫です。いざなぎ−いざなみの尊など神による創造説ではなく、生物の基本は「細胞は細胞から生まれる」ことです。しかし冷静に考えると最初の細胞は誰が作った?基本はDNA(実は次回説明するRNAというDNAの親戚のものが最初生まれたようです)です。簡単な説のひとつは、この指令書はマイナスに帯電しており、黄鉄鉱石のように表面がプラスのものの表面にうまい具合なでこぼこがあって、そこに塩基が並ぶようにはまって形成されたというものです。最初は‘黄鉄鉱石’から。でもそんな偶然ってやっぱり神様が仕組んだ?

 DNAは指令書(監督)で自分自身ではプレーしません。その指令(監督の指示)に従って働く忠実なプレイヤーが必要です。そのプレイヤーがタンパク質です。ではDNAはどのようにしてタンパク質に指令を出すのでしょう。DNAの配列が指令するのは具体的には全部で20種類あるアミノ酸の並ぶ順番です。→ATG→がメチオニン(Met)というように塩基3個1組で1個のアミノ酸を意味します。→ATG-CAT-CCT→という配列は、→Met-His-Pro→(メチオニン-ヒスチジン-プロリン)という3個のアミノ酸の集まりに変換されます。最後に→TAA→(TAGやTGAも)の塩基の並びでアミノ酸が終了します。アミノ酸の並びの一集まりを指令するものが1個の遺伝子です。タンパク質はアミノ酸数個から何千個までいろいろあります。前回の本の例えで言えば、塩基という文字で書かれた遺伝子という文章は暗号でできており解読が必要。解読法に従って翻訳したものがアミノ酸から成るタンパク質ということになります。監督(DNA)はブロックサインで選手(タンパク質)に指令を出すのです。
 次回はタンパク質のプレーぶりについて。



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