チレチレ便り チリの身近な環境問題

池田久子

「農と食の環境フォーラム」へ原稿を書きつつも「環境」についての話題が一度もなかったなあと思い出して、今回は冷や汗かきつつ「環境」について。「食」は普段の食卓風景を書けるし、農村部に住んでいればなんとなく「農」についても分かったような気になっているけど「環境」というと「環境とは?」という定義まで追求されそうで、大そうなことは言えないし専門知識もありません。だからここでは「何気なく普通にチリで生活していて私が感じた環境問題」ということに絞ってしまいます。他愛もない内容をお許しください。

■トイレの紙は別にして
 さて遡ること、1年前、チリについて一番印象的だったのはトイレでした。もちろんほとんどの場所が日本と同じようにバーを押せば水が流してくれる水洗トイレなのですが、使用後の紙は横付けのごみ箱に捨てなければならないのが違うのです。これが慣れるまでどうも不潔に感じたり、うっかりと癖で便器の中に紙をぽいっと捨てないかとハラハラしたものです。しかし馴れというのは怖いもので、数ヵ月後には首都の国際空港でトイレに入って用を済ませた際に個室内にごみ箱がないことに気づいて慌てて探した挙句「そうか、ここは便器の中に紙を捨ててもいいのだ!」と思い出した、なんてこともありました。
 ところで、我が家の下水はどう処理されているのかと最初のころ聞いたら、家の庭の一片にコンクリートの畳1畳分くらいのスペースがあり、そこの下が汚水枠となっていると…言われたけれど日本にいる時から何気なく上下水道整備された場所にしか住んでいなかったのでどのように処理しているのかは、たぶん聞いてもあまり分かっていないと思います。かつての日本もそうだったように、都市でのし尿処理は水で薄めて、少し沖のほうに放流しているだけと聞きましたが、さて、詳しいことは調べていません。

■ゴミの分別はまだまだ
 次に印象的だったのはゴミ捨てです。日本ではいくら小さな自治体であってもカン・ビンと新聞紙と家庭の生活ごみの3種類くらいは分別回収しているでしょうが、チリではカンもビンも一緒くたにポイポイ捨ててしまいます。半年ほど前、ただのトラックからゴミを圧縮して回収できる収集車に変わったわが村でも分別回収などは当然されていません。協力隊員が宿泊できる首都の高級アパートでは、ビン以外は全て一緒にビニール袋に入れてダストシュートにポイ。焼却場で燃すということなしに、遠くに持っていって埋めるとチリ人から説明されますが、ゴミに対する関心の低さは否めません。日本にいるときは生ゴミは土にもどし、ラップはポリエチレンのものを…などと神経質に過ごしていたのに、あの努力はなんだった?というほど、ごみ捨てに無頓着な毎日です。
 またこちらの人たちのゴミのポイ捨て感覚も驚きです。駅や広場で掃除夫がごみを片付けるのに、ペットボトルやお菓子の袋など平気でそのあたりに捨てつつ飲み食いをする人あり、車の窓からのごみ捨てなども日常茶飯事です。それを下宿の小母さんと「ごみ捨てはいけないよね!恥知らずだわ」と怒っていたのに、彼女は忌み嫌う庭のカタツムリを集めてビニール袋に入れて、家の前の川に悪びれずにポーンと投げ込んでいました。小母さん、それも同じだよー!と言いたかったけれど…。
 ただ弁護するならば、日本のような過剰包装やコンビ二弁当の類、なんでもかんでもラップで覆うなんて習慣はまだありません。雑誌・新聞・広告、ダイレクトメール、チラシなどの類が断然少ないです。道端のペットボトルとお菓子の袋のゴミは目立つけど、大きいペットボトルやビール瓶はリターナブルです。毎日飲んでいる牛乳も量り売りだし、トラックで売りにくる八百屋の野菜もビニールに包まれたものなどありません。気をつけて暮らせばかなりゴミの少ない生活を送れるはずです。

■薪は安くてうれしいけれど…
 トイレ、ゴミと続き、最後は4月の終わりごろから9月末まで5カ月ほどの間、一日中我が家を暖めてくれる唯一の暖房、薪ストーブについて。もちろんチリにもガス・電気ストーブもあるけれど、暖かく、かつ光熱費が安いのは断然薪ストーブ。我が家では2トントラック2台分ほどの薪を冬の間に使うようです。我が家の薪の主なものはセイヨウサンザシ(Espino)。乾燥地で耕作できない荒地、羊を放牧している痩せた牧草地でも、刺があり生命力が強いこの潅木のサンザシだけは生えています。山の木を伐採しすぎ禿げて土壌の侵食が進んだ所でも。その光景は寂しげで殺伐とした感じさえします。現在、村ではこのサンザシが引っこ抜かれ、代わりにユーカリが植えられていく光景が目に付きます。ユーカリは10年ほどで伐採でき、木材チップや製材などになります。チリのチップ生産の99%は日本に輸出されているそうで、国の林野局は補助金をつけて農家へのユーカリ植樹を振興しています。サンザシが生えるだけで何も生かされない荒地にユーカリが植えられて10年後はお金を手にできるのは良いことだけれど、中には不在地主がかつての優良農地にユーカリや北米松を植えてしまい、その後農地に戻せなくなると、以前、前同僚の村出身の農業普及員は嘆いていました。日本はチリの木を持っていってしまう、と批判されることもありますが、日本が買ってくれて外貨を稼げるなら有難いじゃないか、という意見を持つ人もいます。
 冬の寒い日、薪ストーブにあたりながら、パチパチ燃える薪の音を聞くその幸福感に浸りつつも、台所のちょっとしたビニールゴミやトイレの使用済み紙などを(私以外の家族が)放り込む焼却炉代わりにもなっているストーブを見ていると、時々複雑な気分になります。無邪気に「良いなあ、日本でも欲しいなあ」とも思えば、「日本の山のように間伐しなければならない木が有り余っている訳ではないのに、こんなに日々木を使ってていいのかなあ…」と素朴に考えてしまいます。
 面積は日本の2倍、人口は8分の1ほど。電気は国内生産だけで賄えず、隣国アルゼンチンから買い、原子力発電はまだない。途上国というよりは中進国に位置付けられ、南米の中の優等生と言われ政治状況も経済状況も比較的安定しているチリ。今後生活の豊かさや便利さを追求していくと国内の環境はどうなるのだろう? 環境に対する国民の意識はどう変化していくのだろう? 逆に経済が失速してさらに貧富の格差が広がっていけば…?
 さて、じっくり暖まりながらボチボチと考えつづけたいと思います。

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