農産物の素性はどこまで把握できるんだろう

潮田 和也

 牛肉の不正表示以来、トレーサビリティという今まで聞いたこともなかったような言葉を一日に何十回も聞くようになった。僕も仕事で、上司からいきなりもちろん知ってるよね、と言われて、恥ずかしいので、もちろん知ってますよ、と答えてあわてて調べたわけであるが、きっと上司も役員あたりに言われてあわてて調べたに違いない、と踏んでいる。

 トレーサビリティとか、有機認証とか、ISO14000とか、ハセップとか、食品の素性を知ったり、保証したりすることに関わるわけであるが、農業ではこれらのことにとっても困難が多いわけである。

 以前、農業にもISO14000を導入しよう、という意見に対して、僕はとっても違和感を感じて、反対したことがある。IFOAM(国際有機農業運動連盟)関係の幹部と話したときに、「農業は多様すぎて、ISO14000は向かない」、と言っていたのを聞いて、ますますその気持ちが強くなった。

 有機認証について誤解が多いところだが、有機認証というのは、申請した内容の生産行程が間違いない、そしてそれが有機の基準を満たしている、ということを保証するもので、結果として、農薬が飛んできて野菜に付着して、残留してしまった、といって、有機認証が取り消される、とは限らないのである。

 太陽や雨を浴びて、風に吹かれて、土の中というわけのわからないところから栄養をチュウチュウと吸って育つ野菜の、完全な素性を知ることは不可能である。(こう書くと野菜はなんてワイルドなんだろう。)

 野菜のトレーサビリティをいう意味では、誰それがどこで作りました、というところまでは100%に近く追うことは可能かもしれないが、どうやって(人間の作業以外の、例えば天候の作用とか、虫の作用とか)、どんな材料を使ってできました、という事を保証するのはとっても難しいはずなのである。

 とはいっても、お金を湯水のようにかければ、野菜の素性はかなりのところまで知ることができる。問題はいくらまで管理コストをかけられるのだろう、ということである。セブンイレブンが全店ISO14000を取得する、と言っても、一店舗数億円の売り上げがあるわけである。

 ISO14000やハセップの対象となる一つの工場を、農業で考えると、それは一つの畑である。その畑が何十カ所とある一農家の「農業」すべてを書面で管理しようとしたら、とてつもない手間である。手間は一つの、労働力という大きなコストである。

 そして、セブンイレブンが一店舗数億円稼ぐのに対し、一つの畑が生み出すお金は、せいぜい数十万から数百万である。

 残念ながら、その分が農産物の価格に転嫁できるほど、世間はそれに価値を見ていない。



 例えば、ここにほうれん草がある。

「無農薬」であることをきちんと証明するのに、いっぱい書面を書く、労働力というコストがかかる。

 もっと信頼度を高めるため、認証団体などの第三者機関にそれを保証してもらうのに認証料がかかかる。

 さらに、結果として、風で飛んできた農薬の付着までしてないことを残留農薬分析などしたら、一つ分析するのにン万円。もちろんすべて分析するのは無理なので、一つの畑からとれた2000束に一つ選んで分析。それでも、5万円かかったとして、ほうれん草を一束100円で卸したとしたら、500束分のお金が消えていくわけである。

 そこまでかけても、いくら無農薬でも虫食いはだめ、という消費者のため、虫食いの部分は捨てたので、全体の収穫量は3分の2になった。

 もしここまでやったら、ほうれん草一束、一般の栽培で200円くらいのものが、400円近くなることだろう。

 完全に近く証明された無農薬栽培で、さらにキレイで、しかも安い野菜を買うというのは、若くて美人でとっても性格がよくて実家がお金持ちの嫁さんを探すようなものである。何しろ僕はそのうち二つ以上あきらめてても嫁が来ない。

 無農薬ほうれん草を少しでも安く買うには、まず、キレイであることをあきらめ(ほうれん草の事である)、残留農薬分析をあきらめ、という順序になるだろう。

 このほうれん草の素性で知ることができるのは、誰が、どこの畑で、計画としてどうやって作ったか、までである。収穫時雨が降って、さらに急に晴れて、窒素をたっぷりすって硝酸体窒素がいっぱいかもしれないし、すごくまずいかもしれないし、農薬が隣の畑から飛んで来てるかもしれない。

 もっと安く買うには、第三者機関の認証をあきらめ、最後には、無農薬自体をあきらめる、という順序になる。


 知ることには限りがなく、多くを知るほど、やっぱりお金はかかる。情報はタダではないということだ。

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