スイスの狂牛病対策

源氏田尚子

 日本でも狂牛病が問題となったようですが、ここスイスでも、10年前、1990年11月に初めて狂牛病感染牛が見つかり大パニックとなりました。というのも、1986年にイギリスで最初の狂牛病が発生してから、欧州各国はイギリスからの牛肉の輸入を停止して一安心していたところ、欧州大陸本土で初めてこの病気が発生したのがスイスだったからです。1995年には発症のピークを迎え、68件の狂牛病が確認されましたが、その後、発生件数は減少傾向にあります。この10年間、スイスはどのように狂牛病に取り組んできたのでしょうか?

 スイスで狂牛病が発見された当初は、狂牛病に関する情報も今ほどなく、対策は手探りでした。こうした状況の中で、スイス政府がとったスタンスは、「予防的に」取り組む、つまり「怪しきは規制する」ということ。特に、動物性飼料の禁止、徹底的な検査、感染牛の処分、そして危険部位(脳、脊髄など)の流通禁止に力を入れてきました。

 中でも、スイスは非常に早くから飼料規制に取り組んだ国として知られています。スイスでは、狂牛病が発生した翌月から、肉骨粉を反芻動物に与えることを禁止しました。WHO(世界保健機構)が、各国に肉骨粉の禁止を勧告したのが1996年ですから、それよりずいぶん前から、予防的に取り組んでいることになります。これが功を奏し、1995年を境に、発生件数が減少していると言われています。

 また、スイスは徹底した検査システムを最初に導入した国と言われています。1998年に、スイスの企業(PRIONICS社)が狂牛病の原因とされる異常プリオンを検出する方法を開発して以来、1999年からは、狂牛病の症状の有無に関わらず、すべての病死牛および緊急と殺牛、通常のと殺牛の見本に対して検査が行われています。また、2001年からは、通常のと殺牛に対する業界の自主的な検査も始まり、年間14万頭以上が市場に出る前にこの自主的な検査を通過しています。

 ただし、残念ながら、いまだに数十頭単位の狂牛病感染牛が発生しているのも事実です。昨年も、業界の自主的検査を含め、42頭の牛が感染の疑いがあるとされました。特に問題となっているのは、肉骨粉の使用が禁止されてから生まれた牛に狂牛病が発生していることです(「born after the feed ban」ケース、通称BABケースと呼ばれる)。最近では、飼料規制が一層強化され、肉骨粉だけでなく、肉(鶏肉、魚肉含む)、血液、抽出脂肪分を含む飼料も禁止されています。ちなみに、鶏、豚に対しても、こうした動物性の飼料を与えることが禁止されています(魚肉だけは投与可能)。

 とはいえ、消費者が外国産の牛肉を買いに走っているわけではありません。牛肉自給率が9割近いスイスでは、普通のお店でスイス産以外の牛肉を見ることはまれです。狂牛病の発症ピーク時には牛肉の売り上げが減り、ベジタリアンになってしまった人もいるようですが、最近はスイスの家庭の食卓にも牛肉が戻ってきているようです。この背景には、検査に対する信頼があるように思います。また、スイス人の知り合いの中には、「人間は低いリスクを過大評価する一方で、高いリスクを過小評価する性質があるんだよ。牛を食べて狂牛病になるリスクは、車を運転して交通事故にあうリスクより数桁低いのに」と極めて冷静な人もいます。狂牛病が完全になくなったわけではないが、パニックは克服しつつある…これがスイスの現状のようです。

copyright 1998-2002 nemohamo