おそるべしヨトウムシ
潮田和也


僕は探求心はちょっとはあるんだが、かといって図書館に行くと息がつまって仕方がないし、第一、基本的な科学の知識がまったくないので、「へー、なるほど」程度で物事を理解すれば満足して終わってしまうのである。
この歳までそうなので、おそらく一生変わりそうもないから、農業や食や環境問題に関する仕事をしていこうと思っているくせに、「へー、なるほど」以上の難しいことを他人に伝える事は他の人に任せて生きて行くほかない。
でも、世の中、物知りばかりじゃないのに、うんちくの本などが売れたりするところを見ると、そういう、「へー、なるほど」程度の知識の需要も少なからずあるんではないか、と思う。
というわけで、僕は、ある有機農産物の流通をする団体で、6〜7年間、流通する野菜の作付け計画を立てて、仕入れる仕事をしてきて、農家とは親しくしているので、そんな農家とのつき合いの中で「へー、なるほど」と感じた事を文章にしてみたいと思う。「ねもはも」の中で最もくだらない文章になることは確実だが。
今回の話題は、やっかいな害虫、「ヨトウムシ」。
ヨトウムシは、ヨトウガというガの幼虫で、こういうガやチョウの幼虫のたぐいは、もっぱら、アブラナ科の野菜、つまり、キャベツや白菜や小松菜なんぞを好んで食い荒らすことになっている。
茶色いイモムシみたいな奴で、コナガの幼虫程度なら小さいので手で潰せなくもないが、こいつは潰すには気持ち悪い程度に、大きい。それにチョウだったら成虫になればちょっとは美しくて目の保養になったりするが、成虫も、世界にこいつをペットとしている人は3人くらいだろうと思うくらい、つまらないただの茶色くて小さめの「ガ」である。
ここ最近、このヨトウムシが、アブラナ科好きのはずが、好き嫌いなく、何でも食うようになってきた。
記憶に新しいのは、僕が作付けの仕事をしていたとき、世間で、夏の時期に栽培できる栄養価の高い野菜として、「モロヘイヤ」という野菜が注目され、ご多分に漏れず僕も農家に作付けを依頼した。
くせが強いせいか、虫が全くつかない、ということで、簡単に無農薬栽培できるので、喜んでいたが、3年目くらいから、突然ヨトウムシが大量につくようになった。
想像するに、農薬などで、大好きなキャベツ畑などを追われたヨトウガがたまたま間違えて卵を生んだのか、そして生まれたヨトウムシが、「ちょっと苦いがけっこういけるじゃん」と思ったのか知らないが(それしか知らないから好き嫌いは言えないだろうが)、ヨトウムシが「みんなこっちに来いよ」と教えるほど友情があると思えないので、そのモロヘイヤ好き兄弟がねずみ算式に増えて、こんな状況になったのだと思う。
遺伝的に、どうしてもモロヘイヤが食えないほど嫌いなヨトウムシは、成長しないで淘汰されただろうから、これも一つの「進化」なのだろう。
そして、事態はモロヘイヤだけじゃないのであった。
4年ほど前、熊本に行ったとき、レンコンの葉がヨトウムシに被害を受けていた。20年くらい前だったら、ヨトウムシはレンコンなんかにつかなかったらしい。
さらに、葉についたヨトウムシを、葉を振ってレンコン田の水の中に落とすと、なんとヨトウムシは、水の中を、鈴木大地のバサロ泳法のように巧みにくねくねと泳いで、隣のレンコンにたどり着くのだった。
これも、農家の話では、4、5年前は、ヨトウムシは「泳げなかった」らしい!
先日、栃木の農家のところにいって、また驚いた。虫がつきにくく、無農薬がやりやすいとされていたレタスも、ここ2、3年、ヨトウムシが大量発生するようになっているというではないか。
ダイズも、最近ヨトウムシの大被害を受けるが、これも最近の事のようだ。
有機農業の世界では、ガやチョウの幼虫が食べると、「食あたり」をおこす微生物を使った、「BT剤」という生物農薬が使われるが、こんな調子では、すぐにそれがきかない奴があらわれ、増えていくことになるんだろう。
農薬の問題やら、温暖化による気候変化やらが根底にあるのだろうが、この「進化」はすごい。おそるべしヨトウムシ!

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