アメリカ有機酪農見聞録
鈴木敦

1999年7月にアメリカの有機畜産の実態調査に参加する機会を得た。調査地はウイスコンシン州、ミネソタ州、オレゴン州であり、有機畜産の生産組合、生産者、認証団体であるOGBA(有機栽培者・購買者協会)、OTCO(オレゴン・ティルス)を訪問した。
その中で今回はかつてウイスコンシン州の慣行酪農家で2年間働いた筆者の経験を含め、中西部での有機酪農と慣行酪農の生産技術を比較してみたい。
ウイスコンシン州の州都、マディソンから郊外へ車で30分も走ると田園地帯が広がる。この地域は緩やかな起伏あり、等高線に沿い帯状に飼料用トウモロコシ、牧草、大豆等の圃場が延々と続き、その中に点々と農場が見られる。中西部のウイスコンシン州、ミネソタ州は西部のカリフォルニア州と並びアメリカを代表する酪農地帯である。カリフォルニア州の酪農は千頭規模の企業的な経営という特徴に対してウイスコンシン州等の中西部の酪農は多くても数百頭規模の家族経営という違いが見られる。また飼料生産の面でもカリフォルニア州をはじめとする西部では牧草生産のみで穀類生産は行われておらず購入に依存しているのに対しウイスコンシン州など中西部では個々の酪農家が粗飼料生産(牧草、コーンサイレージ)、穀類生産(トウモロコシ、エン麦、大豆)を行い飼料の大部分を自給しているという違いがある。
今回、ウイスコンシン州とミネソタ州の3カ所の酪農家を訪問したが、規模の違いはあれ飼育管理、飼料生産体系には顕著な違いは見られなかったため、有機酪農の事例としてO'Reily farmを紹介し、解説する。

O'Reily farm(ミネソタ州)の概要
・飼養頭数:搾乳牛230頭(内、乾乳牛30頭)、
      未経産牛300頭
・品  種:ホルスタイン種
・乳  量:27kg/頭・日
・産 次 数:群平均3.5産
・牛  舎:フリーストール(ストール数250)
・搾乳施設:ミルキングパーラー
      (16頭複列へリンボーンタイプ)、
      自動離脱装置付きミルカー
・圃場面積:450ha
・栽培飼料:牧草(アルファルファ、レッドクローバー、
      チモシー、オーチャードグラス)
      飼料用トウモロコシ
      麦類(エン麦、大麦、ライ麦)
      大豆
・給餌飼料:粗飼料
      (コーンサイレージ、グラスサイレージ)
      濃厚飼料(ハイモイスチャーコーン、エン
           麦、大麦、ライ麦、大豆)
・労 働 力:5人(共同経営者の兄弟とその息子3人)


O'Reily farmの経営規模は中西部では大きい方であり、有機農場としては2番目に大きいとのことであった。この農場では全ての飼料が有機栽培で自給されていた。他の有機農場でもほぼ自給しているが不足分やサプリメントは一部購入している。購入有機飼料については有機酪農生産者団体が販売先リストをまとめており、個々の有機農場間でも取引を行っているようであった。慣行農場では飼料会社から濃厚飼料を購入しているところもあるが有機農場同様に飼料自給率は高く補助的な使用にとどまっている。このような飼料給与体系において生産性(産乳量)についても有機、慣行農場間で顕著な差はないように思われた。
飼料生産では牧草→トウモロコシ→スモールグレイン(エン麦、大麦、ライ麦)→大豆の輪作体系を取っている(大豆を生産しないところもある)。これは慣行農場でもほぼ同様の輪作体系である。有機酪農の場合は牧草(アルファルファ:マメ科多年生牧草)を2〜3年連作するのに対し、慣行では5年以上連作することが多い。この違いは有機酪農での飼料生産は土壌肥料を家畜糞尿とともにマメ科作物を緑肥としての利用することに依存していることに起因すると思われる。アルファルファは有機、慣行農場ともに年3回刈り取られ乾草、サイレージに調整される。この飼料としての利用とは別に有機農場で緑肥として利用するため飼料としての最終刈り取り後、地上部の再生を待ってから鋤き込むようにし、マメ科作物よる窒素固定に加え地力維持がはかられている。慣行農場での施肥体系も基本は家畜糞尿の利用であり、筆者のいた農場では化成肥料の使用は年1回の草地への追肥とトウモロコシ作付け時の側条施肥時のみであった。
病害虫管理については特に問題はないとのことであり、今回調査したいずれの農場でも同様な回答であった。筆者の経験から言っても作物への殺菌剤、殺虫剤散布を行ったことは一度もなく、唯一使用した農薬はトウモロコシ播種時に用いた土壌殺菌剤(粉剤)であった。
雑草対策としてはトウモロコシの播種時期を遅らせ、雑草を発芽させところにロータリーをかけて抑え、播種後は草丈が10cm、30cmになったところでハローによる中耕除草を行うとのことであった。またアルファルファの播種の際、エン麦播を混播するとのことであったが、これも雑草対策の一環となっている。アルファルファの種子は微小で初期成育も遅いため単播すると雑草に負ける。そこで初期成育の速いエン麦を保護作物として混播し、雑草を抑制させ播種当年はエン麦を収穫し、2年目以降は多年性であるアルファルファの単播草地として利用している。この2つの雑草対策はこの地域での一般的な技術であり慣行農場でも行われている。
家畜の疾病は最も問題となる乳房炎を含めてほとんど発生しないとのことであった。それでも乳房炎の発生は夏期に集中し、罹患牛は治療後、慣行農場へ売却するとのことであった。通常乳房炎の治療には抗生物質が用いられ、認証団体の基準における抗生物質の扱いはOCIAでは使用「禁止」、OTCOでは「規制」であり、基準では「有機生産の乳用家畜について、もし抗生物質が投与されたならば当該家畜から生産された牛乳ないし乳製品は、使用した日から12ヶ月間は有機生産物として販売・表示してはならない」となっている。これは抗生物質を使用しても一定の休薬期間後に「有機」に復帰可能ということであるが、罹患牛を分離して管理する作業上の手間、その牛乳を一時期「慣行」として出荷しなければならないことを考えれば「治療後の慣行農場への売却」が最良の選択であり、事実上の「抗生物質の使用禁止」ということと思われる。

以上が今回の調査での概要であるが、いずれの農場も慣行と同様な生産性を維持しつつ、あっさりと有機的生産を行っているように感じた。それは慣行、有機に共通する飼料生産における輪作体系が確立されていることが大きいと考えられた。すなわちこの輪作体系よる施肥管理、病害虫防除、雑草防除効果が機能し、慣行農場においても化学物質を多く必要としない生産体系ができており、慣行からの有機への転換が比較的容易に行えるのであろう。これに加え「土地と結びついた」、つまり飼料を十分に自給できる営農体系、慣行と有機農場に家畜飼養管理技術の顕著な差がなく、有機転換後の生産性の変動が少ないことも有機酪農に有利な基盤となっていると思われた。

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