はるの魂 丸目はるのSF論評


プロバビリティ・ムーン
PROBABILITY MOON

ナンシー・クレス
2000



 チャールズ・シェフィールドが晩年をともにしたナンシー・クレスによる長編三部作の第一冊目が本書「プロバビリティ・ムーン」である。「プロバビリティ」??「実現性、確率、蓋然性」つまり、起きそうなこと。
 本書「プロバビリティ・ムーン」には、ふたつの物語がある。ひとつは、コミュニケーションできない異星人との果てしない戦争の物語である。もうひとつは、新たに遭遇した異星人とのコミュニケーションの物語である。
 22世紀、地球は生態環境の危機にあった、太陽系に進出した人類は火星をはじめいくつかの地に生存の場を増やしていた。そして、海王星近くでスペーストンネルが発見される。そこを通り抜けると別の星系に出た。そして、別の星系につながるスペーストンネルもあった。  スペーストンネルは不思議な性質を持っていた。通り抜けたもののことをスペーストンネルは記憶し、ふたたび通り抜けるときに同じところに戻してくれるのである。もし、地点Aからスペーストンネルを抜けて宇宙船イ号が地点Bに出現したら、別の地点から地点Bに出現する宇宙船が来ない限り、地点B側から宇宙船イ号以外も同じスペーストンネルを抜ければ、地点Aに行く。しかし、別の地点からの到来者があれば、そのルートは変えられてしまう。ただし、地点Bにいる宇宙船イ号が通過した場合には、地点B−地点Aのルートに戻る。
 さて、そのスペーストンネルによって人類は新たな世界を手に入れることができた。しかし、そこで目にしたものは、「人類型ヒューマノイド」の宇宙であった。スペーストンネルが設置された星系には人類が居住可能な惑星があり、人類は人類型の36の種属を発見した。そのうち35は原子力以前の文明社会であったが、ひとつだけ人類がスペーストンネルを発見した頃と同等かそれ以上の種属が見つかった。彼らはまだスペーストンネルを発見していなかったが、人類の出現によってそれを発見し、そして、人類と同様の行動を、より早い動きで開始した。彼らとのコミュニケーションはまったくできず、人類の植民星への攻撃をもって人類は彼ら“フォーラー”との戦争に突入した。フォーラーの科学力、軍事力は人類よりも高く、人類は危機に陥っていた。
 人類がスペーストンネル#438と名付けたスペーストンネルのある星系に、新たな人類型種属が発見された。彼らは自らを「世界人」と呼んだ。惑星には7つの月が回り、惑星は花であふれていた。世界人は、戦争をしない。花を愛し、花を育て、平和な農耕社会を築いていた。世界人は、現実を共有している。共有現実は、あらゆる方法ですぐに惑星中に伝えられる。共有現実以外の現実はなく、共有していない現実が発生すると、それに直面した世界人は激しい頭痛を感じる。共有現実を共有できない存在は非現実者とされる。まれに、罪を犯した者などが、現実を共有することが許されない非現実者として存在するが、彼らは現実者との接触を行えない。現実者が非現実者およびその行為と接触すると、それは共有されない現実となり現実者側にも非現実者側にも頭痛を招くからである。
 人類にも、他のどの種属にも持たない「共有現実」というものこそが、世界人から複数の現実を失わせ、その結果社会は統一され、社会行為としての戦争が起きないのである。窃盗などは起きる。それは、それぞれの個の都合であり、窃盗する者、される者ともその現実を共有することが可能なのである。
 はたして、「共有現実」とは生理的な現象なのか、社会的な減少なのか、人類の人類学者などがチームを組んで第二次調査に入った。しかし、この第二次調査は、軍事的目的の隠れ蓑でしかなかったのである。本当の目的は、人類学者チームには知らされずにはじめられた。惑星の7つの月のひとつが人工物であり、スペーストンネルを設置したとみられる超古代宇宙文明と同じ科学力により作られたものであった。もし、それが兵器ならば、フォーラーへの対抗手段になるかも知れない。惑星上での人類学者チームの調査と平行して、軍事調査もはじまった。
 その人類のふたつの干渉が、驚くべき結果を招くのである。

 かたやアーシュラ・K・ル・グウィンが書く異星世界のような精緻で、一見美しく、その底に大いなる秘密を抱えた世界での人類と世界人のそれぞれの立場からのコミュニケーションをテーマにした物語が繰り広げられる。主人公のひとりは、世界人でありながら、ある罪を犯したことで非現実者となった女性エンリ。人類が現実者なのか、非現実者なのかをスパイするよう世界人の政府から求められ、人類が調査のために滞在する世界人の貿易商のところで下働きをする。世界人の世界からは排除され、人類の研究者との間で複雑な関わりを持つことになる。
 人類側の主人公のひとりは、イラン出身の人類学者であるバザルガン。花に彩られたこの世界を失われたテヘランと重ね合わせながらも厳格なる調査チームのリーダーとして父のように振る舞うひとりの男の物語。そして、同じ調査チームの最若手であるデイヴィッド。権力者の父に対する反発から人類学者の道を選び、はじめて大きな調査チームに入った成功欲に満ちた青年は、その傲慢なほどの正義感と狭い世界観での判断力によってバザルガンを否定し、トラブルメーカーと化していく。
 世界はあくまでも美しく、大いなる秘密を抱えている。読み進めるうちに、秘密はさらに混迷し、やがて一気に秘密の花が開花し、大いなる現実が表れる。
 かたや、宇宙戦争の物語が拡げられる。超古代宇宙文明の高度な技術を調査するのは、宇宙巡航戦艦ゼウスのシリー・ジョンソン大佐。フォーラーとの戦争に従事し、退役後はスペーストンネルをはじめとする高度な科学技術の一端を少しでもつかむために物理学者となった異色の経歴を持つ根っからの軍人である。彼女が7番目の月を調べ、それが原子核内の「強い力」を一時的に無効化することができる兵器であることを突き止める。その内部機構が分からないままに時は流れ、大佐はその人工物をスペーストンネルまで運び人類側の星系に持ち込もうと決意する。そこにフォーラーが現れた。この星系もまた戦場になるのか!!!!
 ということで、宇宙戦争である。人類もフォーラーも、スペーストンネル以外は光速の限界を含めた物理法則に支配されている。手に汗握る時間、空間、物質、エネルギーをめぐる命を賭けた知恵比べと場所取り合戦がはじまるのである。
 その戦闘の行く末は…。

 というわけで、「ゲイトウエイ」(フレデリック・ポール)を抜けたら、そこには別の人類がいた。じゃあ「闇の左手」(アーシュラ・K・ル・グウィン)をやりましょうか、それとも「エンダーのゲーム」(オースン・スコット・カード)などあまたある宇宙戦争をやりましょうか、という物語である。
 三部作ということなので、このあとどこにいくのかは分からないが、「共有現実」に生きる花に包まれた世界人は果たして今後どうなるのだろう。気になる。でも、僕は共有された現実に生きるのはいやだなあ。





(2008.12.11)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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