はるの魂 丸目はるのSF論評


WORLDWIRED 黎明への使徒
WORLDWIRED

エリザベス・ベア
2005



「サイボーグ士官ジェニー・ケイシー」は、第一作「HAMMERED 女戦士の帰還」第二作「SCARDOWN 軌道上の戦い」第三作「WORLDWIRED 黎明への使徒」と、本書をもって幕を閉じる。三部作というよりひとつの作品である。一作ごとにスケールが大きくなり、ついには…。
 っと。前2作品を読んでいない方は、ここまで。明かなネタバレを含むおそれがあります。こんな駄文を読むよりも、本書を含む三作品にお金を払って、時間をかけて読んだ方がいい。ずっといい。とはいえ、何か役に立つわけではない。楽しく時間を過ごせるというだけであるが、それでも、読んだ気になるのと実際に読むとではまったく違う体験である。人生に深みを与えてくれる作品ではないが、人生を楽しませてくれる作品である。
 だから、以降は自己責任で。怒らないこと。





















































































 英雄として世界に知られたジェニー・ケイシーちゃん。誕生日を迎えてもますます若返っていく様子。ワールドワイヤード=人工知性体リチャードと異星人テクノロジーを応用したナノテクロボットネットワークによって生み出された新たな通信/情報/行動ネットワーク。リチャードとカナダ首相は、このネットワークの力を生かして地球のスノーボール化という最悪の気候変動だけはなんとか止めようと奮闘している。そのための世界政府樹立も念頭に置きながら動いているが、カナダと中国の対立は深まるばかり。さらに、これまでカナダを支援してきた世界企業が別の思惑を持って動き回っている。世界は取り返しのつかない戦争への道を歩んでいる。
 一方、人類が異星人技術を応用したナノテクロボットを広域に利用したことや、やはり異星人技術を利用して恒星船を太陽系内に飛ばし始めたことをきっかけとしてふたつの恒星船が地球近辺にに現われた。それは、火星で発見された2隻の恒星船遺跡とそれぞれ似ていることから、どちらも「贈り主」であると想定され、ジェニーも乗り組んでいる恒星船モントリオールが彼らとコミュニケーションをはかるためのミッションに着手する。どうやら「言語」を持たない2種属であるらしい。一体、彼らは何を目的にここに現われたのか? どんなコミュニケーション手段があるのか? そもそもコミュニケーションできるのか? そして、彼ら「贈り主」の目の前で人類はお互いを殺し合う究極の戦争をはじめてしまうのか?
 緊迫する情勢の中、鍵を握るのはやはりジェニー・ケイシー。

 地球規模の気候変動を人工知性体とそのネットワークがコントロールしようというのは、ジョン・C・ライトの「ゴールデン・エイジ」シリーズで完成された形で出てきている。「ゴールデン・エイジ」は、人類が人工知性体、有機体の区別なく、また、バーチャルとリアルの区別なく存在するようになった姿を描いているが、本書「WORLDWIRED 黎明への使徒」は、シリーズが始まった2062年から2063年の終わりまでのほぼ1年の物語である。この1年で地球と人類は大きな変化を迎えるが、これがすべての人々に浸透するまでにはまだまだ時間がかかるであろう。変化は今はじまったばかりである。
 さて、本「ジェニー・ケイシー」三部作では、地球温暖化と戦争による大規模な気候変動を直前に迎えた人類という姿が描かれる。人類社会の一勢力は早くに地球の行く末を案じ、現在の技術の延長で恒星間移住船を作り、片道切符で送り出した。
 そこまではSFではなく、未来小説の設定である。ここからが外挿。ひとつは、異星人テクノロジーによる恒星船の建造。もうひとつは、これも異星人テクノロジーであるがナノテクロボットの応用。そして、人格と知性を備えた人工知性体の誕生。この3つの外挿をふまえて中心に主人公ジェニー・ケイシーが据えられている。責任感が強く、その一方でとてもナイーブな心を持ち、芯は強いのに、弱い側面も多々見られる。誰かに頼りたいけれど、誰にも頼りたくない。頼られたいけれど、頼られたくない。大人でいたいけれど、子どもでもありたい。責任は果たしたいけれど、逃げたい。逃げたいけれど、逃げられない。感情的だけれど、冷静でもある。冷静だけれども、気持ちで動いてしまう。面倒くさいタイプである。しかも50歳。壮年のお年頃。さらにサイボーグ。強化人間としての苦悩も欠かせない。「仮面ライダー」に見られる悲劇の主人公である。
 とても現代的な主人公である。心の中の二面性、葛藤に苦しめられ続ける。こういう人が他者への共感と自らの矜恃を捨ててしまうと極悪人になってしまうのである。他者への共感と自らの矜恃を持ち続けたとき、こういう人がヒーローになる。外面からは計り知れない人格のバランスがある。それが物語を楽しく、おもしろくする。
 だからこそ、この三部作を読むと気持ちよくなる。



(2008.06.13)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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