はるの魂 丸目はるのSF論評


前哨
EXPEDITION TO EARTH

アーサー・C・クラーク
1953



 先日、異星生命に出会うことのないままに現世を後にしたクラーク老の第一短編集である。日本では、1985年に「前哨」としてハヤカワ文庫SFより出版されている。後書きにもあるが、「前哨」は、映画「2001年宇宙の旅」をスタンリー・キューブリックが制作する際の最初のアイディアをなした作品である。ちょうどこの頃は、日本でもSF(映画、小説)ブームが来ていて、古典的映画の代表作である「2001年宇宙の旅」の再上映なども行われていた時期にあたる。私はちょうど大学生の頃で、とてもありがたいことに、たくさんの映画や小説に触れることができた。
 この短編集に掲載されている作品群は1946年から53年に書かれた作品であり、第二次世界大戦、冷戦の開始、核への恐怖といった社会的背景を色濃く反映しているが、今読んでも古さを感じさせない。
「前哨」(原題 THE SENTINEL)は、手元にある初版の文庫本で15ページほどの小品であり、1951年に発表されている。内容は1996年夏、月面中央基地の研究者がはじめて「危の海−マーレ・クリシウム」を踏査し、あるものを発見して起きたできごとが語られている。「2001年宇宙の旅」を知っている人ならばなんとなく想像がつくであろう。まあ、そういうようなものである。もちろん、映画とは異なっている展開であり、結末であるが、今も多くの人達に影響を与え続けている「2001年宇宙の旅」の「前哨」となった作品であることは間違いない。
 もうひとつ、短編集原題である「地球への遠征」(EXPEDITION TO EARTH)は、1953年に発表されたやや長めの短編である。恒星船で宇宙を探査する先進的な知的生命体とようやく文明の曙にたどり着いた未開の惑星の知的生命体の出会いを描いた作品でイギリス作家らしいウエットとペーソスに満ちている。この作品もまた、ある意味で「2001年宇宙の旅」につらなるアイディアをなすといってもいい。
「前哨」でも「地球への遠征」でも、どちらもふたつの宇宙文明の出会いを描いたものであり、どちらも、ふたつの文明には彼我の差が存在するため、お互いの意図を知ることはない。もし、私たちが別の宇宙文明に出会うことがあるとすれば、当分の間は、科学技術的に私たち人類よりもはるかに進んでいることであろう。そして、向こうからやってくることになるか、その痕跡を知ることになるだけだろう。
 2008年6月3日現在、月にも火星にも人類はいない。人類はかろうじて高度400kmほどの周回軌道上にあるISSに3人が滞在し、7名がスペースシャトル・ディスカバリー号で滞在中である。このSTS−124は日本のミッションであるISSでの「きぼう」船内実験室取り付けが公開されているミッションである。また、故障したトイレの部品交換なども含まれている。
 月では、日本の周回衛星「かぐや」が調査を行っているほか、今後探査機等が各国で予定されており、将来は有人探査も計画されている。1969年から1972年までアメリカによって行われたアポロ計画以来、すでに35年以上月に人類は降りていない。
 火星では、現在、NASAの周回衛星マーズ・リコナイサンス・オービタ、周回衛星2001マーズ・オデッセイ(現在は通信中継)、ESAの周回衛星マーズ・エクスプレスが調査を続けており、火星の地上では、NASAの地上探査車マーズ・エクスプロレーション・ローバ(スピリット・オポチュニティ)と、2008年5月に無事着陸した探査機フェニックスが運用されている。これまでの調査から火星表面には大量の水があるらしいことが分かっており、その実態を調査するための大型探査装置である。
 まだまだこんな状況だが、そのうちいつか誰かと出会うことができるだろうか。
 そう遠くないことを願っている。


(2008.06.03)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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