はるの魂 丸目はるのSF論評


トライアッド
EMPERY

マイクル・P・キューピー=マクダウエル
1987



「アースライズ」「エニグマ」「トライアッド」の三部作である。本書「トライアッド」のみ未読のままはや15年が過ぎた。古本屋に立ち寄ったところ、本書を上下巻で発見。ようやく完結をみることとなった。
 とはいえ、「アースライズ」と「エニグマ」の間には長い長い時間の経過があり、「エニグマ」も、まあ完結しているとも言えるわけで、新たな気持ちで読むことができる。とはいえ、「エニグマ」を読まずに、「アースライズ」を読むと、ちょっと入り込むのに時間がかかるかも知れない。

「アースライズ」は、荒廃した地球の復興もので、ファーストコンタクトものでもあった。
「エニグマ」では、前作から160年後、西暦で23世紀から25世紀を舞台に、地球人類は宇宙に進出し、他の人類種属とともに拡張政策をとる姿が描かれる。
 そして、本書「トライアッド」では西暦で27世紀となり、前作から150年以上が経過して幕を開ける。前2作とは異なり、今回は人類種属の真の敵であり、誰もその姿を見たことのないミザリと呼ばれる敵の存在がある。前作を通じ、この敵の存在を知ったことで、人類種属は宇宙への拡張政策を停止し、内向きになっていた。
 そんななか、統一宇宙機構防衛省長官のハルマック・ウエルズは、見えざる敵ミザリと戦い、勝利するために究極の戦闘艦隊トライアッドの配備を求めて画策していた。一方、統一宇宙機構の絶対的な権限を有する委員会議長は、ミザリにあらぬ刺激を与えることは得策でなく、また、ミザリとの平和的コンタクトが可能ならばその道を模索すべきとして、ウエルズのもくろみを封じ込めようとしていた。統一宇宙機構内部と、地球をはじめとする各惑星政府との間の政争を軸にしながら、得体の知れないミザリとの戦いか、コミュニケーションかという選択はぎりぎりのところに追い込まれていく。

 そういう話だ。
 三部作を通して考えれば、結局のところ「組織と人間」という話が大きな筋で、もうひとつが、「得体の知れない、わからない、知らない」ものを人間はどう扱うかという話である。どちらもSFの基本的なテーマであるコミュニケーションのあり方について語られたものだが、あまりにもこのふたつの本筋がストレートすぎて、少し気恥ずかしくなる。この三部作に限らず、キューピー=マクダウエルの作品はいずれもそうだ。
 それが理由かな、読みのがしていたのは。


(2008.05.05)




TEXT:丸目はる
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