はるの魂 丸目はるのSF論評


火星の長城
GALACTIC NORTH and DIAMOND DOGS, TURQUOISE DAYS

アレステア・レナルズ
2002,2006



アレステア・レナルズの短編集、「レヴェレーション・スペース1 火星の長城」である。レナルズといえば、「啓示空間」「カズムシティ」の、長大長編2作品が先に翻訳され、弁当箱SF作家としてSF読みの手首を鍛えてくれている。とにかく長くて本筋を忘れそうになる長編であり、プロットやアイディアはおもしろいのに読み通すのが大変という困ったエンターテイメントSF作品である。なにぶんにも、終わり近くなるまでどこにストーリーを持って行こうとしているのかが分からないのである。どう読んだらいいのかが分からないのだ。きっと単純に字面を頭の中で絵に変えて楽しめばいいのだろう。評価はまっぷたつに分かれ、かのSF読みである吾妻ひでお氏は一刀両断に切り捨てておられた。私は時間つぶし作品としてそこそこの評価をしているが、正直なところ、本書「火星の長城」は買うまでに時間がかかり、買ってから読むまでも時間がかかってしまった。レナルズにおびえていたのかも知れない。
 ところが、である。レナルズは短編向きの作家ではないのか? おもしろいじゃないか。
「啓示空間」「カズムシティ」と同じ宇宙史であるが、本作品の最後(時系列としても最後)に収録されている「ダイヤモンドの犬」(2001.08)がイエローストーン星の融合疫前後の時代を扱っていることをのぞけば、上記2作品と直接のつながりはない。登場人物も別である。ひとつひとつの作品は、限られた登場人物で主人公もはっきりしており、主人公の苦難や報われぬ想いなどをそれぞれの宇宙史的舞台の上でていねいに書いている。しかも、中短編なのでぶれがない。導入でいきなり舞台設定に飲み込まれ、展開に次ぐ展開の上で最後にきれいな、時に悲しいオチがある。すっと物語の終わりと予感を感じさせてくれる。読んでいて気持ちがいい。この短編を一通り読んでから、短編の宇宙史の延長上にある長編として「啓示空間」や「カズムシティ」を読めば、もっと読み手としての視点も定まってこれら作品を読めたかも知れない。それくらい、短編としておもしろいのである。
 人類は、宇宙進出の過程で3つの大きな種属に分かれつつある。連接脳派、ウルトラ族、無政府民主主義者である。まず、脳にインプラントを埋め込み、埋め込んだ人々の間で精神をネットワークさせて超精神の大きなひとつの生命体のような生き方を選んだ連接脳派が生まれる。それに対し、地球では保守的な純粋精神連合が彼らと対立し一度は連接脳派が火星の居留地に行動を制限されてしまう。一方、サイボーグ技術とバイオエンジニア技術により、脳へのインプラントを使用しながらも連接脳派のように個を否定することはせず個は個として生きる道を選んだのが無政府民主主義者である。彼らの中で商人として星間船に乗り込み、身体を機械化し変化していったのがウルトラ族である。純粋精神連合は歴史の舞台から姿を消し、これら変容した人類が宇宙で新たな人類の歴史を築いていく、そのはじまりの物語群でもある。
 どの作品でも、主人公は自分の価値観や行動規範と異なるものを目の前にして「とまどう」。この異質な価値、規範、状況との出会いとそれによるとまどいこそがSFのおもしろさにつながるものである。SFの王道を行くような作品群。とりたてて新しいプロットなどはなくても、円熟した物語として純粋に楽しむことができる。
 どれかひとつを上げることも難しい。
 本短編集のために書き下ろされた「ウェザー」(2006)は、ウルトラ族の「若い」星間船船員と、仲間からはぐれてしまった連接脳派の「少女」の種属を超えたものたちの心の交感を描いた佳作である。
 アレステア・レナルズをはじめて読むならば、短編集から手をつけることを強くお勧めしたい。


(2007.12.01)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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