はるの魂 丸目はるのSF論評


必殺の冥路
VOICE OF THE WHIRLWIND

ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
1987



 クローン保険をかける。記憶を含む脳のバックアップを定期的にとっておく。それだけで大丈夫。あなたが死んでも、あなたはバックアップされた最後の記憶のままに若い身体で目覚めることだろう。お金さえあれば、そんなことが難しいことではない遠い未来。企業社会は、地球を単なる実験場とみなし、恒星間を旅し、自らの拡大と利益追求を模索して、時には連携し、時には激しい戦闘も辞さなかった。
 ある企業国家の社会実験によって壊滅的に破壊されたヨーロッパでスチュワールは生まれ、そして、成長し、企業の傭兵として専門教育を受けた。そして、どこかで戦い、死んだ。15年の記憶の欠落のままスチュワールのクローンは地球上で目覚めることになった。彼を知り、近づいてくる者がいる。彼の記憶にある者とである。15年前の記憶と現実の間には深い溝がある。彼は、その溝を埋めるためにもう一度宇宙に出ようとする。そのためには、企業に雇われなければならない。しかし、彼を傭兵として育てた会社はもはや存在せず、彼はなんとか機関士助手として地球を脱する。
 スチュワール(ベータ)の頭の中は、疑問で一杯である。なぜオリジナル(アルファ)は、15年の記憶の欠落を残したのか。何をベータに引き継ぎたくなかったのか。なぜアルファは死んだのか。死ぬとしたら、誰に殺されたのか? 何の仕事をしていたのか?
 スチュワールは、15年の記憶の欠落を少しずつ埋めていき、アルファが背負っていた業を、事件を、アルファを殺した者を探し出していく。それは、企業国家群と企業、そして、現在の大きな社会変動のもととなっている人類より遙かに古く高い能力を持つ恒星間種属をめぐる大きな出来事につながっていく。

 企業国家による宇宙開発と通商の寡占、企業国家間の争いによる戦争、宇宙船やコロニー、小惑星、地球を部隊にしたクローンの主人公の活躍。宇宙に適合した亜種的人類の存在。反応速度を高め、脳の機能を増大させるためのインプラント。
「ダウンビロウ・ステーション」(1981)、「サイティーン」(1988)などC・J・チェリイの作品を彷彿とさせる設定である。80年代は、クローンなどのバイオ技術、脳機能の理解、コンピュータと脳の融合、企業の国家化による宇宙開発と戦争などのテーマが次々と作品化された時期である。同じ路線にあるのが本書「必殺の冥路」である。

 同時に、この時期は、日本の経済が絶頂期にあり、アメリカではあらゆるものが日本に支配されるのではないかと驚嘆と驚異の両方を感じ、日本への愛憎まざった関心が寄せられていた。企業国家のイメージ構築に、当時の日本企業も一役買っているであろう。日本への関心は文化的側面にもおよび、本書でも、ゼンや「葉隠」の引用など日本的要素がちりばめられている。このあたりも、80年代後半からの傾向である。
 まあ、こういう分析めいた話はどうでもいいことである。
 エンターテイメント作品なのだから。

 地球をはじめいくつかの惑星や宇宙船などを舞台に、サスペンス仕立ての謎解きと、肉体、武器、知略をめぐらせての激しい戦闘。それでいい作品である。
 チェリイのような「クローンのアイデンティティは」とか、ある特定の状況で人間の心理はどうなるのか、といった要素はない。
 安心して読みたい作品である。

 余談だが、2003年から主に再読の海外SF長編の感想/評論/メモを続けて300冊を超えた。傾向として、読む内容に波と流れのようなものを感じる。
 つい先日、「ブラック・カラー」(ティモシー・ザーン)を読んだが、これは日本的な要素をふんだんに取り入れた宇宙の特殊部隊ものであった。敵は異星人である。「必殺の冥路」も同じような傾向の作品である。違いはクローンが主人公であるところか。やはり、最後は異星人が敵対対象になる。「必殺の冥路」のあとに読んだのが、「奇人宮の宴」(ティム・パワーズ)で、こちらは核戦争後の地球を舞台にした意志の強い主人公が痛めつけられ続けながらも旅をして、その過程で世界の成り立ちを紹介し、強大な敵に立ち向かう物語だが、なんとなく「必殺の冥路」と同じような気配がする。ラスボスがいるあたりがそうだ。その次は「グローリー・シーズン」(デイヴィッド・ブリン)で、こっちはクローン社会の話だが、「奇人宮の宴」のように意志の強い主人公が痛めつけられ続けながらも旅をして、世界の成り立ちを紹介しつつ、強大な(こちらは社会だが)に立ち向かう物語である。

 どれも、複雑な世界設定を少しずつ主人公が「学んでいく、知っていく」ことを通じて読者に分からせようとしている。そういう物語パターンの作品である。多くの物語、とりわけSFやファンタジーが、新たな世界を構築し、読者に展開するために、こんな技法をとるから、同じような傾向に思えてくるのは当たり前のことなのだが、こう続くとちょっと笑える。特に意識している訳ではないのだが、ちょっと考えて手に取るとこうだ。


(2007.06.20)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
(スパム防止のため、全角表記にしています。連絡時は、半角英数にてお願いします)

作家別テーマ別執筆年別
トップページ