はるの魂 丸目はるのSF論評


老人と宇宙
OLD MAN'S WAR

ジョン・スコルジー
2005


 21世紀の戦争SFがやってきた。
「宇宙の戦士」(ロバート・A・ハインライン 1959)、「宇宙兵ブルース」(ハリイ・ハリスン 1965)、「終わりなき戦い」(ジョー・ホールドマン 1974)、「エンダーのゲーム」(オースン・スコット・カード 1977,1985)
 いずれも、代表的な戦争SFであり、新兵の成長を通じて宇宙の戦争の姿を描き出す名作ばかりである。そもそもは、ハインラインの「宇宙の戦士」によってこのカテゴリーが築かれ、それを、ハリイ・ハリスンがみごとにパロディ化して「宇宙兵ブルース」をしたためた。その後、第二次世界大戦よりもベトナム戦争に影響を受けたであろう「終わりなき戦い」や「エンダーのゲーム」を生み出すこととなる。
 そして、21世紀。911以前に主なプロットは書き上げられていたという、ブログ発のSF「老人と宇宙」が登場する。著者も表明しているように「宇宙の戦士」の21世紀版である。というよりも、老人版というべきか。
 宇宙に進出した人類は、宇宙がすでに多くの異星種族によって支配され、激しい紛争が続いていることを知る。人類もコロニー連合をつくり、植民を開始した。しかし、それは、人類もコロニー獲得と人類と他の異星種族との椅子とりゲームに参加したことでもある。
 コロニー連合は、人口過剰な貧困国から植民者を受け付けた。条件は一方通行。つまり、二度と地球に帰ることはできない。それでも、貧困国にとってみれば口減らしができるのだから否応もない。
 そして、もうひとつコロニー連合が、地球に求めたことがある。
 それが、コロニー防衛軍への志願兵である。

 地球はコロニー連合によって封鎖状態に置かれており、地球人はコロニー連合が異星種族との競合の中で得た高度な宇宙技術によって宇宙から閉め出されていた。
 今、宇宙やコロニー連合がどうなっているか、地球人たちには知るよしもない。
 地球は停滞していたのだ。
 そんななかで、すべての人に宇宙への機会が与えられていた。
 それこそが、コロニー防衛軍への志願である。
 コロニー防衛軍の志願死角はただひとつ。75歳以上であること。健康状態不問、本人の意志で志願すれば、75歳の誕生日に入隊することができる。登録の受け付けは65歳からだが、75歳になり自ら申し込めばそれだけで入隊完了。もちろん、本人が入隊手続きまでに辞退すれば、それはそれで認められる。特に罰則もない。ただし、入隊手続きは生涯1度だけしか認められない。1度辞退すれば、2度目はない。
 コロニー防衛軍に入隊すれば、地球人としては当該政府の市民権がなくなり、死亡したとしてすべての保険なども含む財産は、死者と同様に相続等の処分がなされる。コロニーの植民者同様、地球に帰ることはできない片道切符となる。兵役は2年だが、最長10年とされている。人生経験を積んだ大人ならば誰でも分かる。10年の兵役が予定されているということを。
 しかし、それでも、75歳以上の志願兵は後を絶たない。なぜならば、「戦闘即応性の向上のために防衛軍が必要とみなす、あらゆる内科的、外科的、治療的療法および処置を受け入れる」という項目があるから。75歳以上の人間にとって残る人生は数えるほどしかない。この時代になっても90歳を超えて生きるのは容易ではない。地球では得られない技術によって宇宙の苛酷な条件でも軍人として戦えるほどの治療が施されるのである。もちろん、誰も実例を見た者はいない。なぜならば、地球はコロニー連合から隔離されているから。地球上にはコロニー連合の市民やコロニー防衛軍の軍人はひとりもおらず、エージェントがいるだけである。彼らは、国連や各国政府から認められてリクルート活動を行う。少しあやしいが、宇宙にいるコロニー連合や異星種族の持つ高い技術力は地球人は誰でも知っている。だから、75歳以上の人たちは思うのだ。賭けてみよう、と。どうせ、そのままでも数年から十数年で死ぬのだから、と。
 ジョン・ペリーの最愛の妻は8年前に死んだ。そして、75歳の誕生日を迎えた。生前、妻とともにコロニー防衛軍の説明を聞き、事前登録を済ませていた。だから、ペリーは、コロニー防衛軍に入隊した。ほかに思い残すことはなかったから。
 そして、ジョン・ペリーは、二等兵として宇宙に跋扈する地球人よりもはるかに優れた技術やまったく異なる宗教、文化、社会、生理、生態を持つ異星種族たちと闘うことになる。なぜ闘うのか、それは命令を受けたからである。二等兵は、なぜ、を考えてはいけない。それを考えるのはもっと上のものだから。闘うこと、従うこと、そして、生き残ること。少しでも気を抜いたりすれば、せっかく長らえた命を無駄に散らすことになるのだから。

 本書「老人と宇宙」は、75歳という設定を除けば、「宇宙の戦士」そのものである。しかし、75歳なのである。私にはまだ30年以上もある存在である。もしかしたら耄碌したり、身体が動かなかったりするかも知れないが、間違いなく75年分の経験を積んだ存在である。
 頭の回転や記憶や体力はともかくとして、75年分の経験を存分に活かすことができれば、それはすごいことになるだろう。老齢にして健啖な政治家を見ればいい。その知略は、経験がものを言う。40代、50代ではできないことができるようになるのだ。
 ということで、おもしろい。
 いやあ久しぶりに一気読みしてしまった。
 入隊条件75歳以上で、老人を主人公にするだけでこれほどおもしろくなるとは。ハリイ・ハリスン真っ青である。しかもパロディ作品ではなく、正統なミリタリーSFであり、「宇宙の戦士」の直系後継者である。
 恐れ入りました。

 そうそう、老齢での変化といえば、ニーヴンの「プロテクター」なんていうのもあるが、そっち方面ではないのでご安心を。

(2007.04.02)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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