はるの魂 丸目はるのSF論評


星からの帰還
POWROT Z GWIAZD

スタニスワフ・レム
1961


 フォーマルハウトへの宇宙探査隊が地球に帰還した。ハル・ブレッグ、パイロット。30歳のときに探査隊に参加し、現在、40歳。しかし、地球では127年が過ぎていた。

 世界は一変していた。
 もはやだれも宇宙に関心を持つものはいない。
 平和で、豊かで、誰も何も傷つけず、おだやかで、恐怖を味わうこともない新たな社会、新たな人間、あらたな地球がハル・ブレッグの前にあった。
 彼は旧人であり、野蛮人であり、猛獣か珍獣であった。そして、おだやかでやさしい社会においては、彼は自由でもあった。
 宇宙は厳しいところだった。生と死は常に隣り合わせ、多くの乗組員を目の前で失った。友人を、仲間を、厳然とした宇宙の厳しさの中であきらめ、捨てなければならなかった。そうして、彼は生きて帰ってきた。しかし、そのことを悲しむ人も、喜ぶ人もいない。ただ、彼らは迎えられ、この社会にとけ込むよう手助けされるだけの存在に過ぎなかった。
 失った仲間への漠然とした罪悪感は、この新しい人々と接するほどに深まり、顕在化していく。なんのために旅立ったのか? なんのために死んだのか? なんのために帰ってきたのか?
 彼は生を女に求め、同じく帰還した友は宇宙に求めた。

 スタニスワフ・レムは、本作「星からの帰還」で、現在に内包される未来の形を鮮やかに描き出し、現在の社会の方向性に内包する人間の変質の問題を鋭く切っていく。1961年、冷戦にともなう米ソ宇宙開発競争のまっただ中で「東側」のポーランドに住むレムが、米ソという体制の違いに関わらず共通して持っている社会の問題を喝破した作品である。当時の延長上には主人公のハル・ブレッグが参加したような宇宙探査計画があった。より遠くに人類の(あるいは体制の)版図を広げること、そのためにはより大きな計画、より深い科学、より高度で重大な技術と重厚な産業が必要とされていた。
 この延長上に、星から帰還したハル・ブレッグたちがいる。
 そして、科学、技術の急速な発展は、思わぬ方向に人類を導く。個人と社会の安全への志向、個人と社会の安定の追求…、本作品では生物学的解決による人類の攻撃性/恐怖の除去と、旧世代との世代交代、安全技術の高度化による安心できる社会の達成によって安全と安定による社会を築き上げた。それが、ハル・ブレッグたちが帰ってきた社会である。
 それは、人間や社会に対する価値観を変えるものとなる。
 宇宙に行くことが、論理的に理解できない社会。
 人や自分を殺したり傷つけることがないかわりに、リスクを冒さない社会。
 または、限られた人やロボットにのみ、リスクを冒させる社会。

 はて、どうだろう。本作「星からの帰還」が書かれてまもなく半世紀、世界はどうなっているだろうか? 科学は、技術は、そして、社会は。
 レムの洞察力には恐れ入る。
 あと50年したら、もう一度読んでみたい。

 って、生きていないか?

(2007.03.01)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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