はるの魂 丸目はるのSF論評


移動都市
MORTAL ENGINES

フィリップ・リーヴ
2001


「古代人が対地表軌道上原子爆弾と変性ウィルス爆弾の悲惨な嵐で自滅」した六十分戦争から千年が過ぎた。
 移動都市ロンドン、無数のキャタピラの上にそびえる階層都市は、他の都市同様に都市ダーウィニズムの世界で、他の都市を狩りながら生きていた。しかし、次第に獲物は減り、地面をはいつくばる反移動都市同盟の力も増していた。
 両親を事故で失い、ロンドンの史学ギルドの三級見習いとして雑用ばかりをやらされているトム・ナッツワーシーのあこがれは、ギルド長のサディアス・ヴァレンタイン。かつては、飛行船に乗って世界中を旅し、遺跡から古代の科学技術品を収集してきた行動する男である。
 そのヴァレンタインを殺害しようと襲った少女がいた。顔に深い傷を持つ少女ヘスター・ショウ。なぜ、冒険家のヴァレンタインを殺そうとするのか? 少女の傷の理由は? ひょんなことから、ロンドンから置き去りにされ、へスターとふたりでロンドンを追うはめになったトムは、へスターとともに旅をする中で、個性的な人々に出会い、世界の真実に気がつきはじめる。
 最終戦争と地殻変動によって荒廃した地球上を住民を乗せて疾走する巨大移動都市。地上で暮らす人々、飛行船に乗って冒険する男たち、女たち。そして、無敵の兵器人間「シュライク」が、トムとへスターをつけねらう。

 日本のアニメの原作です、と言われてもおかしくないほどに、頭の中で映像化しやすい作品である。宮崎駿の絵で、「ナウシカ」や「ラピュタ」のような世界だったら最高じゃないかな。
 また、この主人公のトムが素直でよい。世界のことを何も知らず、知らないが故のあこがれを抱きながらも、素直な目で世界を見ようとし続ける。幼い頃、両親を事故で失ったトムと、幼い頃、両親を殺害され、顔に傷を負ったへスターのふたりの、かようようで、かよわない心。それでも旅を続けるうちに、ふたりの間には「信頼」が生まれる。それは、顔と心の傷のせいで屈折したへスターが、自分の心を取り戻す旅でもあった。
 アニメつながりで言えば、私が好きな「交響詩篇エウレカセブン」の主人公レントン・サーストンにも似ている。とにかく世界を知らず、そして、まっすぐに育とうとしている。
 読む側はちょっと気恥ずかしいが、成長とはそういうものである。

 もっとも、ただのジュブナイル冒険活劇ではない。とにかく登場人物がよく死ぬ。そんなに殺さなくてもいいじゃないかと思うぐらいに死ぬ。長生きするのがむつかしい世界なのである。だからこそ、輝くものもある。だからこそ、人は一生懸命早く成長しようとするのかも知れない。

 さて、本書「移動都市」もまた、最近、日本に紹介されることの多いイギリスSFである。人工知能による新たな世界への旅立ちは迎えていないが、本書も「最終戦争後の世界」ものである。ベースの技術がスチームエンジンだったり飛行船だったりするが、桁違いに発展している。そして、剣と銃の世界でもある。また、「遺跡」に伝説となっている恐るべき戦争兵器があって、その復活をもくろむ者がいたりする。そういう世界的な背景も、「ナウシカ」や「ラピュタ」と共通するのかも知れない。
 どうしてもそこに戻ってしまうが、宮崎駿監督、どうです、映画にしてみませんか? 息子さんにまかせておかないで、こういうしっかりしたジュブナイルSFで、少年少女の成長と世界の変化を撮りませんか? 見たいなあ。この作品のアニメ化。実写もいいけど、アニメ向きだと思うけどなあ。

 本書「移動都市」は四部作だという。楽しみ。

(2006.11.4)




TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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