はるの魂 丸目はるのSF論評


アースライズ
EMPRISE

マイクル・P・キューピー=マクダウエル
1985


 1980年代後半、一部の科学者は「核の毛布」を発動させた。それは、すべての核分裂反応を抑制する装置で、発動と同時に世界中に公開された。核兵器は使い物にならなくなり、原子力発電所もただの巨大な石棺と化した。世界は混乱し、通常兵器による戦争、食料、石油等の資源の奪いあいに疲弊し、科学者はすべての原因として迫害され、技術と知恵は失われていった。発端となったアメリカは分裂し、鎖国的な小国群となりはてた。
 そのアメリカで、ひとりの電波天文学者が手作りの電波望遠鏡を隠しながら運用していた。彼にできることはそれしかなかったからだ。しかし、彼は何を求めていたのだろう。
 ある日、彼は自分が信じていなかった信号に出会う。それは、明らかに知性体からの信号であった。そのニュースは、ひそやかにイギリスのひとりの男に伝えられ、そして、すべてがはじまった。
 21世紀初頭。地球の人口は24億人となり、国連はアメリカを追われてジュネーブに置かれ、その地位を形骸化させていた。アジアは、中国によって事実上の支配を受け、日本、インドネシア、フィリピンなどは中国政府のいいなりであった。  異星からの信号は、英語によるもので、彼らは地球に向かっているという。このニュースを受けて、イギリス、インド、中国を中心に、ファーストコンタクトに向けて人類のすべての活動を再生させ、経済を活性化し、人類社会を大きくひとつにするためのパンゲア・コンソーシアムがひそやかに動き出した。コンソーシアムには、もうひとつ目的があった。宇宙技術を再生させ、地球ではなく、太陽系のどこかで「彼ら」を迎えられるようにすること。それは、異星人への恐怖であり、地球への影響の大きさへの懸念であった。
 2011年9月、コンソーシアムの準備がはじまる。そして、衛星を利用した全世界への教育プログラムが着実に拡大し、コンソーシアムへの参加も増えていった。優秀な若者がコンソーシアムに吸収され、科学技術の再興に向けての取り組みを続けていった。
 それでも、異星人のことは秘密とされていた。
 2016年、地球上で再び分裂と欲望の構図が生まれたとき、コンソーシアムは異星人の到来を発表。2027年には地球に到来するという事実を人類につきつけた。
 これで、経済のエンジンに火がつき、人々は新たな希望を持つにいたった。と同時に、キリスト教をベースにした新興宗教が力をつけコンソーシアムにも影響を与えはじめていく。しだいに近づいていく異星の船。はたして、彼らは言葉通りの友好的な存在なのか? 彼らの到来まで、人類はひとつになれるのか?

 アメリカのSFには、「再興もの」とも言うべきジャンルがある。人類社会が核戦争や大きな災害で壊滅的な被害を受け、科学が失われ、迷信に満ちた社会に戻ったあと、ひとつのきっかけで再びばらばらになった人類がひとつになり、科学技術を再興していくという物語である。「黙示録3174年」ウォルター・ミラーや、「ポストマン」デイビッド・ブリンなどが典型であろう。本書「アースライズ」のメインテーマは、「ファーストコンタクト」であるが、物語の中心は「再興」である。核戦争ならぬ「核の毛布」がきっかけで、人類社会の均衡が崩れ、なし崩し的に壊滅してから20年以上たった社会が、異星からの信号をきっかけに再興していくという物語だ。科学技術の面よりも、コンソーシアムをめぐるリーダーや諸国のかけひきに力点が置かれた社会学的SFと言ってもいい。もちろん、電波望遠鏡、SETI計画、大統一理論の完成などSF的な事実やガジェット、ギミックも用意されており、決してただの社会モデル小説ではない。
 ところで、この「核の毛布」のアイディアだが、「創世記機械」J・P・ホーガンに内容が良く似ている。こちらが、1981年発表の作品だからこの時期にはやった考え方なのかな? それにしても、核分裂を完全かつ恒久的に制限できるということは、それを太陽に突っ込ませたらどうなるのだろう…。素朴な疑問。
 メインテーマである「ファーストコンタクト」についても、最後に驚くべき異星人が登場し、大いなる謎を残して幕を引く。「エニグマ」「トライアッド」と続編が続くのだが、私は「トライアッド」を持っていないのだよなあ。

(2006.10.11)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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