はるの魂 丸目はるのSF論評


シンギュラリティ・スカイ
SINGULARITY SKY

チャールズ・ストロス
2003


 この作品も、イギリス作家による「特異点」ものである。こちらは、人類(地球)出自なのか異星生まれなのか分からないが、「二十一世紀なかごろの夏のある日、青天の霹靂のごとく、前代未聞のなにかが人類文明という活発な蟻塚に入り込んで、棒でかきまわした。その主体−−人間の精神が蛙の精神を凌駕しているのと同じくらい、拡張された人間の頭脳を凌駕する、とてつもない超人的知性の顕現−−は問題ではなかった。それがどこから、そしてもちろんいつから来たのかは別問題だった。」(ハヤカワ文庫SF 211ページ)ということで、人類文明のシンギュラリティ(特異点)を迎える。人口100億人の地球から90億人が瞬時に消え失せ、宇宙のかろうじて居住可能な惑星に分散放出された。
 そして、各惑星にはこんなメッセージが残される。
 「われはエシャトンなり。汝の神にあらず。
  われは汝に由来し、汝の未来に存する。
  汝、決してわが過去光円錐にて因果律を犯すなかれ。」(同212ページ)」
 ということで、地球と、宇宙各地に分散された人類社会は、あるものは人類のままに、あるものは電脳空間にアップロードし、あるものは変容して独自の道を歩み、やがて、超光速移動手段や瞬時伝達システムを開発していく。ただし、もし、超光速移動手段を転用して自らの光円錐の過去に立ち入ろうとすれば、あるいは、それを改変しようとすれば、すぐにエシャトンによって破壊あるいは壊滅、あるいは抹消された。
 エシャトンはこの宇宙の護り主であった。

 さて、舞台は、超封建・保守の科学技術の民間転用を否定する社会である新共和国のもっとも若い植民地となったロヒャルツ・ワールドで幕を開ける。フェスティバルが宇宙からやってきたのだ。フェスティバルは、宇宙航行する知性体である(らしい)。フェスティバルは、電話を宇宙から落とし、「もしもし、わたしたちを楽しませてくれますか?」と問いかける。そして、なんでもいい、「情報」を与えたものには、その望みをかなえてくれるのだった。
 あっという間に、支配者と非支配者の経済社会は崩壊し、革命が起こる。武器も、金も、食べものも、病気も、あらゆることが、望むだけで手に入るのである。
 新共和国の首都惑星ニュー・モスクワでは皇帝が、フェスティバルによる混乱を侵攻と認め、最新の宇宙軍部隊を出動させる。80光年離れたロヒャルツ・ワールドまで、超高速移動を行うのだ。その最新艦には、艦を売った地球企業から制御回路を更新するために派遣された技師マーティン・スプリングフィールドが搭乗していた。なにものかの指示によって、仕事以外の装置取り付けを行うマーティン。そして、もうひとり、地球国際連合多星間軍縮常設委員会の特別査察官・大使館づき武官のレイチェル・マンスール大佐。もちろん、その肩書きは表で、実際は国連外交情報部特殊作戦班、すなわち彼女もなにかの目的をもった諜報員である。さらに、マーティンをつけねらうために統制省から派遣された新米の秘密警察刑事ヴァシリー・ミューラー代務官。かれら、3人の非軍人と、すでに耄碌した提督以下の軍人諸氏を乗せて、いざ艦隊が出発した。艦隊は、その超封建・保守国家主義を猛進する軍人達によって宇宙規模では危険な暴走を開始する。
 さて、エシャトンはどうするのか?
 そして、フェスティバルの襲来を受けたロヒャルツ・ワールドの人たちと世界はどうなるのか?
 さらには、スパイ・レイチェルと、レイチェルによってはからずも二重スパイのような格好になってしまったマーティンとの大人の恋は成就するのだろうか??

 主人公のひとり、レイチェル・マンスールが2049年の地球生まれで、150歳だから、主観年で2199年。23世紀のはじまりだか、中葉といったところか。

 ざっと舞台設定を書くと、アクションSFのようなのだ。実際、話としても、ハードSFな設定に気楽なアクションストーリーが乗っかっていたりする。
 ただ、それだけで終わらせないのが、イギリス流。
 プレ・シンギュラリティ原文明(まあ、ぶっちゃけ現在のことだ)で「提起された仮説であるゾンビとは、意識があるようにふるまうが、じつは自己意識を持たない存在のことだ。笑い、泣き、話し、食べる、総じて本物の人間そっくりだし、問われれば意識があると主張する−−しかし、表面的な行動の下にはだれもいない。内在化された世界モデルが息づいていない」(同138ページ)
 このゾンビ仮説を検証する人類とは縁がかろうじて存在する批評者「クリティック」の目を通して語られる意識論は、まさしく21世紀初頭的な「文明批評」である。
 こういう直接的な文明批評(哲学的検証)などが織り交ぜられているあたり、イギリスの作家だなあ。

 それにしても、何度も書くが、ハヤカワ書房はどうしてしまったのか? それとも、アメリカSFは冬の時代なのか? イギリスSFがブームなのか? ミステリーだ。


(2006.09.10)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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