はるの魂 丸目はるのSF論評


火星縦断
MARS CROSSING

ジェフリー・A・ランディス
2000


 レイ・ブラッドベリの「火星年代記」から半世紀余、20世紀最後の年、そして、ミレニアム最初の年に生まれた「火星」の物語である。
「火星年代記」のはじまりを覚えているだろうか? 1999年1月「ロケットの夏」がオハイオ州の冬にやってくる。宇宙に飛び立つロケットのもたらした一瞬の夏の華やかで、美しく、そこはかとなく哀しい、わずか1ページの物語。
 ずっと人は空を見つめ、赤い星を見上げ、何かを、できることならば自分を空に打ち上げて、あの赤い星にたどり着きたいと夢見ていた。今も、そんな「夢想家」たちが、夢を少しでも現実に近づけようとありとあらゆる手段を使って努力を続けている。
 本書「火星縦断」の作家、ジェフリー・A・ランディスもまた、そんなものたちのひとりである。SF作家であると同時に、「本職」はNASAの火星探査プロジェクトに携わる研究者・技術者である。同時代に生きる人間たちの中でも、ひときわ火星に焦がれているひとりだと言えよう。
 本書「火星縦断」には、そんなジェフリー・A・ランディスの火星への渇望と知識と夢があふれている。
 物語は2028年、火星の第三次探査隊6名が火星の南半球に降り立ったところではじまる。アメリカ人3名、カナダ人1名、ブラジル人1名、タイ人1名のチーム。第一次探査隊は、北極点に降り立ったブラジルの探査隊2名、第二次探査隊はアメリカを中心としたチーム、いずれも、火星に到着したが、探査そのものは不成功に終わり、全員が火星あるいは帰還途中に死亡。地球への帰還は果たせなかった。世界は不況のただなかにあり、アメリカ政府もまた凋落にあって、第三次探査隊は民間の力を借りてなんとか火星にたどり着いた。しかし、第三次探査隊を待っていたのも、失敗であった。地球への帰還のためには、北極点に降りたブラジルの帰還船を使うしかない。彼らが降り立ったのは、南半球である。限られた時間、限られた設備、限られた帰還船の定員という悪条件の中で、地球への帰還を果たすべく、彼らは火星を縦断する旅に出た。  簡単にまとめるとそういう物語である。火星人なし、異星文明なし、人工知能の反乱なし、地球からの援助なし、特別な解決方法なし、スーパーヒーローなし。現在の火星データと宇宙ミッションの実情を踏まえて、冷静に、冷徹に、物語は進む。ある者は途中で怪我をし、ある者は精神的におかしくなり、ある者は死ぬ。
 もうひとつの物語は、第三次探査隊クルーの人生の物語である。ひとりひとりのクルーに、秘められた過去があり、人に言えない秘密がある。ある者は火星そのものが目的であり、ある者は贖罪であり、ある者は鎮魂である。旅の間に、それぞれのクルーの過去のエピソードをはさみこむことで、長く辛い、そして単調な旅のすき間を埋めていく。まるで火星の砂のように。
 今分かっている火星像が、たっぷりと盛り込まれている。本書「火星縦断」で、クルーと一緒に火星を旅する気持ちになれるといいだろう。

ローカス賞受賞作品

(2006.06.15)







TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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