はるの魂 丸目はるのSF論評


天の声
GLOS PANA

スタニスワフ・レム
1968


 1996年、トーマス・V・ウォーレン教授は、高名な数学者ピョートル・E・ホーガス教授の遺稿中から発見された未完成の原稿をまとめ、1冊の書とした。それが、本書「天の声」である。ホーガス教授も深く関わった、天の声(マスターズ・ヴォイス)計画については、膨大な文献があり、また、ホーガス教授についてもいくつもの伝記などがまとめられているが、本書は、ホーガス教授自らが、天の声計画のいきさつや加わった科学者らのうち主要な数人と、天の声計画が中止されるまでのいきさつを、ホーガス教授の視点から書きつづった「自伝」である。そもそも、天の声計画とはなんだったのか? 小熊座方向から届いたニュートリノによる信号の解読をめぐる計画である。それは、遠い異星人からのメッセージなのか、それとも、単なる偶然の産物なのか、そのメッセージにはどんな意味が隠されているのか? その言葉を理解することができるのか? そして、何かに役立てることができるのか? 戦後の冷戦下で、アメリカの古い核兵器実験施設に隔離された2500人の研究者らが、テープに記録された信号を解読するために働いていた。ホーガス教授は、その成果がほとんど見られないなかで、1年後に呼ばれ、計画の中心人物のひとりとして取り組むこととなった。
 宇宙からの顔の見えない「信号」とその「解読」、そして軍事目的を含めた「有効利用」の可能性はあるのか?
 同じテーマでは、本書から遅れること9年、ジョン・ヴァーリイの「へびつかい座ホットライン」がある。こちらはへびつかい座からのデータで、そのうちのいくつかを解読し、科学技術として有効に活用していたが、そこはそれ、「ソラリス」「砂漠の惑星」「エデン」のスタニスワフ・レムである。一筋縄ではいかない。
 たとえば、いったい「人工」と「自然」の区別はどうやってつけるのだ? と、レムは問いかける。
 たとえば、メッセージだとして、それが他の知的生命体にあてた「手紙」だということが言えるのか? と、レムは指摘する。
 そして、レムは言う。「何百万年も前から宇宙の深淵を満たしているものを秘匿し隠蔽しようとしているのだ。
 もしそれが狂気でなかったら、狂気など存在しないし、狂気と呼べるものが存在するはずがない」と、受ける側の人間たちの愚かさを言う。
 そして、レムは振り返る。第二次世界大戦中のナチスドイツで繰り広げられたユダヤ人虐殺について、それを実行した者たちにとっての「認識」と「疎外」を。

 レムは、コミュニケーションと認識、疎外について常に考えてきた。
 本書は、そんなレムの哲学、考え方、そこから見えてくる世界が比較的素直に著述されている。故に、本書は、未来予測に満ちており、また、SFの将来を暗示し、SFで取り上げられるべきテーマを次々と提示している。
 現実の世界は、コミュニケーションのあり方、認識と疎外によって成り立っている。SFもまた、多くの作品がコミュニケーションのあり方、認識と疎外について語るジャンルである。
 その意味で、本書はメタSFであると言ってもいい。

 さて、ロバート・シュルツによる黒を基調とした美しくシンプルな表紙は、今はなきサンリオSF文庫である。私の手元には、深見弾氏の訳になる1982年6月発行の「天の声」がある。定価480円。買ったのは、おそらくそれから1年後か2年後のことである。当時は読んでいないか流し読みをしただけではないかと思う。
 この頃のサンリオSF文庫は、誤植が多くあった。また、私にはよく分からないが、文章を読むと意味が通じない誤訳のようなものが多くあった。発行予定が発行予定通りではないというやきもきするような状況もあり、当時として価格は高めで悩ましいところであったが、いくつかの作品をえいやっという気持ちで買っていたように思う。しかし、買ったものの読んでいない本が多いのも事実で、何で買ってしまったのだろうと思う作品も多い。レムは好きな作家なので、おそらくは読んでいると思うのだが、本書についての記憶がない。しょうがないなあ。
 近年、レムの作品が国書刊行会から出版されている。レムについては亡くなられたこともあってか、復刊や新訳、初訳の作品も出ている。情報化、インターネットによってコミュニケーション手段が整ったがゆえに、同じ人間同士であっても「認識」と「疎外」の問題が深刻であること、つまりは、言葉が通じているようで通じていないとか、会話が成立しているようで実はまったく成立していないといったことが問題になってきた。こういうときこそ、レムの作品は貴重である。ぜひ読んで欲しい。

(2006.06.13)





TEXT:丸目はる
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