はるの魂 丸目はるのSF論評


最後から二番目の真実
THE PENULTIMATE TRUTH

フィリップ・K・ディック
1964


 私は、フィリップ・K・ディックほど、首尾一貫した作家を知らない。彼は、ほぼすべての作品で同じテーマを扱い、同じことを主張しつづけた。
 世界はすぐに虚構となり、嘘の本当を語る者が権力者・支配者となる。その虚構は恐怖であり、私たちは虚構の中であえぎながら生きている。同時にそれを切り抜け、生き抜いてもきた。その力も持っている。
 パソコンが普及し、映画「マトリックス」のようなバーチャルリアリティを、エンターテイメントとしてあたりまえに受け入れることができるようになった21世紀初頭。ようやくディックが味わい続けてきた恐怖を私たちは理解することができるようになった。
 ディックは、1928年から1982年までの生涯を通じて、現実の虚構を身体で味わい、理解し、見続け、人々に伝えようとし続けてきた。それこそが彼の生きるための現実であったのかも知れない。

 本書「最後から二番目の真実」は1964年に出版され、日本ではサンリオSF文庫より1984年に翻訳発行されている。サンリオSFでの11冊目となる。2005年現在、他の出版社より復刊されていない作品であり、入手は極めて困難となっている。
 私は、この作品が大好きである。はじめて読んだのが大学生のときで、その後少なくとも1度以上読み返し、今回久しぶりに読み返してみた。

「最後から二番目の真実」の舞台は2025年。今から約20年後、執筆時から42年後の世界。
 第三次世界大戦は終わることを知らず、2010年から多くの人々が地下の耐細菌性地下共同生活タンクで暮らし、地上の政府の指令に基づき、レディと呼ばれる人型人工知性体兵器を生産し、送り出していた。地上は、核兵器による放射能と生物兵器の細菌に覆われ、敵・味方を問わず、レディが生命体を発見したら殺戮を繰り広げていた。今、地上からの報道によると防衛戦が突破され、デトロイトが壊滅してしまった。
 戦争は、西部民主圏と太平洋人民圏で行われ、地上では死を覚悟した軍人とヤンスマンと呼ばれる政府高官たちが統治していた。各タンクにはヤンスマンが派遣され、タンクの自治体と地上の政府を結んでいた。
 しかし、地下の多くのタンクに住む数百万人の人々はだまされていたのだ。
 戦争は、火星で1年、地球では2年で終了していた。西部民主圏と太平洋人民圏のそれぞれのレディは、高度な知性を発揮し、戦争の終了をもたらした。地上の多くは核兵器による残留放射線で汚染されていたが、地上は緑を取り戻していた。両政治圏のヤンスマン達は、それぞれが広い土地を占有し、レディ達を管理者として数の限られた豊かな生活を送っていた。
 そして、地下のタンクに対しては、精神的政治的軍事的指導者タルボット・ヤンシーというカリスマを創造し、彼が語りかけることで戦争の遂行、レディの生産を求めるのであった。そのヤンシーさえも、シュミラクラに過ぎず、ヤンスマンの広報担当者がシナリオを書き、それをヴァックと呼ばれるコンピュータが処理してシュミラクラに話をさせているに過ぎない。地上のヤンスマン達の最大の仕事は、西部民主圏と太平洋人民圏のそれぞれのタンカー(地下の人々)をだますための映像、音声、架空の歴史を作り続けることである。
 人々への歴史のねつ造は、第三次世界大戦がはじまる前、1982年にはじまっていた。国連を解体させ西側諸国の中心になりつつあったドイツは西部民主圏を構成していく中で、第二次世界大戦の歴史を改変していく。同時に、太平洋人民圏を構成したソヴィエトもまた、第二次世界大戦の歴史を改変していった。映像のねつ造の正規の中で、第二次世界大戦の真実は変えられ、それがのちの第三次世界大戦へとつながっていったのだった。
 あるタンクで必要に迫られてひとりの代表者が地上にと出る。彼はそこで真実に出会う。
 一方、情報のねつ造担当者であったひとりのヤンスマンが権力を追われつつあった。

 という設定である。ディックの「目」がわかりやすく描かれている。1964年という冷戦下の世界と、その後の欺瞞に満ちた世界の予感が書かれている。
 私たち、今、現実に生きているはずの私たちは、最後から二番目の真実が明らかにされようとも、その欺瞞の中にいることをよしとする。
 なぜだ。
 その答えを、ディックは未来を見通して書いている。
 私は、その答えに恐怖する。そしてあたりをきょろきょろと見回すのだ。


(2006.1.18)





TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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