はるの魂 丸目はるのSF論評


天空の遺産

CETAGANDA

ロイス・マクマスター・ビジョルド
1996


 ネイスミスシリーズとして、時系列では長編3冊目に当たるのが本書「天空の遺産」である。本書では、デンダリィ傭兵隊も、ネイスミス提督も出てこない。マイルズ・ヴォルコシガン卿として、皇位継承権を持つ皇帝陛下の代理人としての登場である。舞台は、マイルズの祖国であるバラヤー帝国にかつて侵攻し、敗退したセタガンダ帝国の母惑星エータ・セタ第四惑星。セタガンダ帝国の皇太后の国葬に出席するために、いとこで幼なじみのイワン・ヴォルパトリル卿を従えやってきたのだ。マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガンは22歳。機密保安庁付きの中尉である。
 セタガンダ帝国は、人間の遺伝子改変と選別・選択によって、ふたつの支配階級による複雑な統治が行われている。真の支配階級であるホート貴族と、軍人階級であり、実際にバラヤーにも侵攻したゲム貴族である。ゲム貴族は、その勇猛な攻撃性で他星系にも知られているが、ホート貴族については、星系外に出ることも少ないためほとんど知られることはない。さらに、ホート貴族の女性についてはベールに包まれ、見ることさえもあたわなかった。
 マイルズとイワンは、到着早々から知られざるホート貴族の根幹に関わるようなトラブルに見舞われる。早々に上司への報告をすすめるイワンを尻目に、マイルズはどっぷりとトラブルの深みにはまりながら、すべての解決に向けて探偵ばりの行動をはじめる。それもこれも、見ることの許されないホート貴族の女性を一目見てしまったために…。
 ハンサムで女たらしのイワンを横目にみながら、ホート貴族の女性への思いをつのらせ、格好いいところを見せるためにがんばってしまうマイルズ。彼の属するバラヤーのために働いているのか、それとも、宿敵セタガンダのために働いているのか、時折自問自答しながらも、彼はトラブルと謎に惹きつけられ、その解決に向けて行動する。

 翻訳者のあとがきにもあるが、本書「天空の遺産」は、日本の平安朝の宮廷を下敷きにして書かれているという。ホート貴族は平安の貴族であり、ゲム貴族は武士であると考えればよい。平安の貴族社会のように、女性は決して表に出ない。ホート貴族は女性の子どもを皇帝の跡継ぎの男性に嫁がせることで、外戚として権力をふるうことができる。切ることのない長い黒髪、姿を見せずに会話する姿、十二単のような重ね着など、細かく「平安」の物語を取り入れつつ、ビジョルドらしいトリックと、女性像、さらには、遺伝子改変された人類の姿を描き出す。
 日本文化を取り入れた海外SFを読むと、その小さな間違いや違和感に気がついて、物語に入り込めないことがある。しかし、本書「天空の遺産」では、読んでいる間に、日本文化的な影を感じるものの違和感はない。気づかなくても不思議ではない。そのくらい、きれいに「下敷き」にしてある。

「外交とはなべて、他の手段による戦争の継続である」と、周恩来の言葉からはじまる今回のマイルズのゲーム、果たしてマイルズはどっぷりとはまりこんだセタガンダ帝国の深層からどうやって抜け出すことができるのか? そして、彼が最後に見たもの、得たものとは? 残念ながらネイスミス提督は出てこないが、マイルズの才覚がいかんなく発揮され、いとこであるイワンとの掛け合い、対比もうまく、同じシリーズの別のおもしろさを感じることができる。

(2005.10.5)





TEXT:丸目はる
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