はるの魂 丸目はるのSF論評


サンティアゴ〜はるかなる未来の叙事詩

SANTIAGO: A Myth of the Far Future

マイク・レズニック
1986


 レズニックの自他共に認める傑作短編連作「キリンヤガ」のおかげで絶版になっていた本書が復刊された。本書は1991年に邦訳されている。私はこのころ経済的に苦しくて本を買う余裕も少なかった。また日々の生きていくための時間に追われ、本屋めぐりをすることも少なかったのを記憶している。もしそのときに本書を見かけても、きっと手に取るだけで買うことはなかったであろう。今思えば、残念なことである。
 本書は「暗殺者の惑星」と同様の未来史に属している。本書と「暗殺者の惑星」は時代も背景も異なるが、両編とも強大な力と伝説を持つ殺人者を追い求める作品である。また、詳細は差し障りがあるので明らかにしないが、その終盤の展開もまた似通っているところがある。
 本書の題となっている「サンティアゴ」は、辺境の伝説となっている殺人鬼で犯罪者である。その首にかけられた賞金はうなぎ登りに高く、辺境中の賞金稼ぎがふたり集まれば、その会話は彼、サンティアゴのこととなるに決まっていた。
 今、賞金稼ぎの中でも最高との呼び名が高いエンジェルがサンティアゴを追い始めた。ソングバードと呼ばれる賞金稼ぎもまた、サンティアゴを追いはじめる。そして、多くの人々がエンジェルと、ソングバード、姿を見せないサンティアゴの人生の糸に絡まりはじめる。ある者は、その糸に自ら望んで引き寄せられ、ある者は望まぬままに巻き込まれていく。
 ひとりの詩人が、彼ら辺境に光り輝く人々を伝説に変えていく。
 賞金稼ぎを騙して命を追われる賭博師、美術品に目がない密輸業者、出世欲のみで生きるジャーナリストの女、神の教えを伝え歩く伝道師であり美食の大食漢であり賞金稼ぎの男、異星人に生きた宇宙船と変えられた男、辺境を転々としながら居酒屋の下働きを続ける女…彼らと3人の男達の織りなす辺境の物語。
 そこで描かれるのは、「キリンヤガ」と同じ主題。権力と善と悪と人のありよう。
 そのことを端的に表している一文がある。

……「(略)真に邪悪な存在ではなく、とりわけ腐敗しているわけでもない。たんなるひとつの政府であり、ほかのすべての政府と同様、最大多数に最大の利益をもたらすような決定を下しているにすぎない。彼らや、彼らの後援者たちの観点からすれば、充分に道徳的かつ倫理的な組織なんだ。彼らは<辺境>から略奪してその市民たちの権利を奪うことが当然だと考えている−−そしてずっと先になって、彼らが銀河系で勢力を拡大しているとすれば、結局彼らが正しいということにもなりかねない」…(略)…「とはいうものの、こうした権力の濫用に苦しむわれわれは、ぼんやり突っ立って万事うまくいくことを祈っている必要はない(略)」(下巻207ページ 第六部 サンティアゴの書)

 レズニックは、人々の善とも悪ともつかないただそれぞれの人生の綾で選択する善や悪を遠いところから書き連ねる。そして、そのひとつひとつの行為に対する罪と罰の判断を読者にゆだねる。
「キリンヤガ」でも同様だった。そこが物語の魅力であるとともに、読者に賛否の嵐を巻き起こす焦点ともなる。

「平和」な中央でテロが起これば世界は震撼するが、荒れた「辺境」でそれ以上の人々がただむやみに殺されても世界は「そこに住む彼らが選んだ結果だ」と冷静にその事実を言葉として受け止めるだけだ。
 本書は物語であるとともに、現代社会への暗喩である。すでに約20年前の作品であるのだが、今の世界は1980年代後半に起こった世界の延長上にあり、そして、本書は「はるかなる未来の叙情詩」として、今を予感させたのだから。
 だからこそ、本書は、「キリンヤガ」の早かった解題として今だからこそ読んで欲しい作品である。
 著者レズニックも執筆当時「傑作だ」と自賛していた作品であるのだから。

(2005.7.13)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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