はるの魂 丸目はるのSF論評


エデン

EDEN

スタニスワフ・レム
1959


 本作「エデン」と、それに続く、「ソラリスの海」「砂漠の惑星」はいわゆるレムの三部作と呼ばれ、今も高い評価を受けている。それは、この三部作において、人類とは思考も、生命形態もまったく異なり、コミュニケーションがとれない「異星人」を描いているからである。いずれの三作品とも人類がその惑星に行き、そこにいる生命体によって苦労させられるという話である。
「ソラリス」と「砂漠の惑星」では、その存在と人類はまったくコミュニケーションがとれないが、「エデン」では、最初まったくコミュニケーションがとれないが、最後になって、成立しているとは言えないまでもコミュニケーションがひとりの異星人との間で行われており、三部作の中でも位置づけが少々異なっている。本書についていた吉川昭三氏の解説によれば、初期の科学技術万能主義的、楽観主義的作品からの転換点にあたる作品であると位置づけている。なるほどそうかもしれない。

 さて、惑星エデンに不時着した宇宙船には、6人の搭乗者がいた。技師、物理学者、化学者、サイバネティシスト、ドクター、そして、コーディネーターである。彼らは、呼吸可能な異質の惑星に降り立った最初の人類となってしまった。不時着した宇宙船の一部は放射能で汚染され、電力の回復が困難であったし、水の確保が問題となっていた。宇宙船の復旧とともに、この惑星エデンの生態や知的生命体との邂逅をめざして、6人は好奇心にも燃えていた。
 遅々として進まない復旧の合間をぬって行う探検の途中で、彼らは廃棄されたが今も稼働する生物工場を発見する。その後、身体の様子がおかしいたくさんの生命体やその死骸、あるいは、知的生命体の活動とみられる痕跡を発見する。そして、生きた生命体にも出会うが、彼らが知性を持っているのか、かつて持っていて、今は持ち得ていないのか、生物工場は単なる痕跡なのか分からないままに、彼らなりに危険を感じて攻撃を行ってしまったり、あるいは攻撃的なものを受けたりする。
 その行為の解釈をめぐって、6人は人間的解釈を行ったり、あるいは、人間的解釈であってはならないと戒めながら、エデンの住人の行為を判ずる。しかし、その答えはでない。
 やがて、ひとりの異星人とのコミュニケーションが成立するものの、それは、両者にとって新たな発展に結びつくことではなく、結果的に地球人6人は、修理した宇宙船で帰還する道を選択する。そのことの内容や解釈については、読者ひとりひとりに委ねられているだろう。

 しかし、本書では、レムが実に率直に社会批判や問題提起を行っている。以下、その部分についていくつかの引用をしたい。

「われわれは人間だから、地球式に連想を働かせ、判断を下している。その結果、異質の外見をわれわれの真実として受けとめる。つまり、ある事実を地球から持ちこんだパターンもはめこむことによって、重大な誤謬を犯さないともかぎらない」(ハヤカワ文庫版145ページ)

 少々長くなるが、911以降の我々、あるいは、繰り返している歴史に対して耳にいたい会話の一部である。

「よかろう。いいかね。どこかの高度に発達した種族が、数百年前、宗教戦争の時代の地球にやってきて、紛争に介入しようとした……弱者の側についてだ……と考えてみたまえ。その強大な力をもとに、異端者の火あぶりや異教徒迫害等々を禁じたとしよう。彼らの合理主義を地球上に普及させることができたと思うかね。当時の人類はほとんど全員が信仰を持っていたのじゃないかね。その宇宙から来た種族は、人類を最後のひとりになるまで、つぎつぎと殺さなくてはならなくなるにちがいない。そして彼らだけが、その合理主義の理想とともに残るということになるだろうね」(349-350ページ)

「援助ねえ。やれやれ、援助とは一体どういうことかね。ここで起きていること、ここでわれわれが目にしていることは、一定の社会構造の所産なんだ。それを打破して、新しい、より良い構造を作り出すことが必要になってくるんだ……それをわれわれがどうやろうと言うのかね。われわれとは異なる生理や心理、歴史をもった生物じゃないかね。われわれの文明のモデルをここで実現させることなどできはしないよ。」(350ページ)

「きみたちが、高邁な精神に駆られて、ここに“秩序”を確立しようなどと考えるようになるのが恐かったのさ。それを実行に移せば、テロを意味することになるからね」(350ページ)

 ポーランドという、19世紀、20世紀のヨーロッパにおいて常に他者によって何かを押しつけられ続けた国、その中で生きていくしたたかさを身につけなければならなかった人々の歴史が、レムというひとりの作家を生みだしたのは間違いない。そのレムが初期に書いた作品として、SFとしての内容は古くたよりなく感じられても、作品の意味と価値は減ずることなく、むしろ今だからこそ、率直な意思表明に新しさを感じる。
「ソラリス」「砂漠の惑星」などを読んだ上で、本書に取りかかるとよいのではなかろうか。

(2005.06.15)





TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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