はるの魂 丸目はるのSF論評


電脳砂漠

THE EXILE KISS

ジョージ・アレック・エフィンジャー
1991


「重力が衰えるとき」「太陽の炎」に続くマリード・オードラーンが主人公の快楽と悪徳の街ブーダイーンを舞台にしたイスラム圏ハードボイルドSFの3作目。そして、残念ながら作者が2002年に亡くなったため、第4作は完成を見ることがなかった。
 本作品では、マリード・オードラーンとパパ・フリートレンダー・ベイが警官殺人の汚名を着せられ、アラビア砂漠の中でも“空白の区域ルブー・アルハーリー”に水筒ひとつで放り出される。彼らは砂漠の民に救い出され、マリードは砂漠とともに暮らすムスリムの生き方を知る。
 3作品の中でもっともイスラム圏を感じさせる作品。そして、プロットも一番しっかりしており、砂漠での殺人事件とブーダイーンでの殺人事件の対比、マリードとパパの砂漠とブーダイーンでの行動の対比が小説としてのおもしろさを形作っている。
 しかも、ハードボイルドの様式に沿っていて、そしてSFなのだ。

“なぜ、殺人が問題の解決になると考える人が多いのだろうか? 人口過密の都会でも、この過疎地の砂漠でも、われわれの生活は、だれかが死ねばもっとらくになるという考えが生まれるほど耐えにくいものだろうか? それとも、人間は心の奥底で、他人の命が自分の命とおなじ価値があると、本気で信じていないだろうか” と、マリードは自問自答する。しかし、そのマリードとて、その権力と名誉のために、他者に殺人を指示し、そのことに動揺していない自分に気がつく。
 パパはマリードが命を救ってくれたことに感謝しながら、彼がドラッグから離れようとしないことに怒り、彼を痛めつける。
 人生は楽ではない。人は一面的ではない。物事の解決の方法は、それぞれの社会、価値観などによって違う。あるものはそれを妥協といい、あるものはそれをずるさと呼ぶ。あるものは、それを賢者の知恵といい、あるものは非人道的だとも、非民主主義だともいう。
「キリンヤガ」(マイク・レズニック)でも、同様に、社会が選択した解決方法、価値観が選択した解決方法が出てくる。
 それを単純な正義、単純な悪として割り切ることはできない。
 割り切ったときに、理解の断絶と、疎外と、そして、一方的な支配がはじまるのだから。

 それにしても、作者がなくなったのは残念。
 4巻は書かれていないが、その一部となる短編は発表されており、マリードとパパがメッカに巡礼する前祝いをしているようだ。ということは、メッカ巡礼が書かれていたのかも知れない。ジョージ・アレック・エフィンジャーの手によるメッカ巡礼を読みたかったものだ。ああ、残念。

(2005.1.16)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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