はるの魂 丸目はるのSF論評


レッド・マーズ

RED MARS

キム・スタンリー・ロビンスン
1993


 火星植民地ものである。超長編三部作のはじまり。
 本書をはじめて読んだとき、深く印象に残ったのは宇宙エレベーターが破壊されて、そのケーブルが赤道付近に落ちてくるシーン。直径10メートル、長さ37484キロメートル(往復分)、質量約60億トンのケーブルが、火星の回転に合わせながら、赤道に沿って巻き付きながら落ちてくるのである。燃え、ばらばらになりながら、空から火星と地上にいるあらゆるものが鞭打たれる。その光景は、科学的な記述だが、心底に恐怖した。

 あらすじを追っておこう。
 2026年、人類は火星に100人の科学者・技術者を片道切符で送り出した。「最初の百人」である。9カ月の旅を経て、火星にたどり着き、彼らは後に続く者たちのために、研究し、建設し、そして、テラフォーミングに着手する。
 自然のままの火星は厳しい。しかし、その厳しさを愛するものもいる。
 拙速なテラフォーミングに反対する研究者あり、積極的に自立に向けた取り組みをするものあり、考え込むもの、政治や商売に邁進するもの、他人を鼓舞するもの、籠絡するものあり、さらには101人目、すなわち密航者あり、グループを離れて暮らす放浪者ありと1個の惑星を舞台に物語は進む。
 物語は、七部構成で、第一部が第五部と第六部の間の物語である。先に少しだけ未来を見るのである。第二部は、火星への旅。第三部からは火星での暮らしで、各部それぞれ、「最初の百人」の主要登場人物の視点から描かれる。読者は、彼らの視点を案内役にしながら、火星の表面を旅し、火星の暮らしを体験し、そして、火星の変化を知る。
 テラフォーミングの最初は、ささやかな風車。風を熱に変えていく。そして、GEM。遺伝子組み換えによる微生物たちである。ミラー衛星で太陽光をあて、水でできた小惑星を大気面に接触させる。最大の効果は、人の活動と排熱…。
 やがて、火星に人が集まりはじめる。地球では稀少となった鉱物が見つかる。超多国籍企業が、あまたの国家が、集まってくる。原子炉を動かし、工作機械を据えつけ、掘削をする。モホロビッチ不連続面を貫き、マントルまでかかる穴が掘られ、得られた鉱物は、宇宙エレベーターの完成を待つのだ。火星地表から高軌道まで延びる宇宙エレベーターができれば、安価で低エネルギーのまま地球に物資を送ることができ、多くの物と人も火星に降りることができるようになる。しかし、宇宙エレベーターがなくても、火星には多くの人が降り続け、各地に散り、北半球にも南半球にも町ができた。
 2048年、火星紀元11年(紀元1年は西暦2027年、火星の1年は669日)には、火星の生物工学研究者が、遺伝子工学による長命技術を開発し、「最初の百人」たちは徐々に、その処置を受けはじめた。
 翌冬、10年ぶりの全火星規模の砂嵐が起きる。この嵐は、地球年で3年以上、2火星年も続く。地球人の緑化計画に火星が悲鳴を上げているかのよう。
 その間も、人の動きは止まらない。そして、地球では、火星で開発された長命技術の存在が明らかになり、人口爆発と超国籍企業体による搾取の結果、持てる者と持たざる者の格差は広がり、暴動と局地戦争が、人々の間、国家間、企業体と国家、人々との間で繰り広げられる。
 2059年、火星紀元16年、ついに宇宙エレベーターが完成した。
 それは、終わりのはじまりでもあった。
 荒れる地球がそのまま火星に来た。完成前から、すでに人々は自由を求めて火星に来たはずが、地球以上に隷属させられていることに気づき、不満を高めていた。
 そして、当然のように不満は引火し、革命が起こる。
 いや、革命ではないかも知れない。地球と、地球を代表するもの、国家や企業と、火星の人々との戦争である。
 町は破壊され、人々はあっという間に、あるいは、苦しみながら死に、宇宙エレベーターは破壊され、火星に甚大な被害を与え、そして、火星に究極の変化の時が訪れる。
 これが、本書。わずか35年程度、火星歴で17年程度の激しい記録である。

 刻々と変わる火星。その荒々しくも美しい姿に、そして、人の営みのすごさに開いた口がふさがらない。
 登場人物は熱く活発な人たちばかりだ。とにかく激しい。仕事も、日常も、情愛も。その激しさにちょっとまいってしまう。さらに、日本文化やアラブ文化、あるいは、宗教に対して「ちょっと変な視点」で書かれているため、当の日本文化に暮らしている私としては、そういう表現の時に違和感を覚えて、我に返ってしまうのが残念である。
 それにしても、残酷な作者である。火星と、火星のテラフォーミングという変化を描くために、科学技術の光と影の部分に価値観を加えず書き続ける。
 ただただ火星が書きたかったのだろう。
 地球の人間にとって、火星はもっとも移住に現実味のある惑星であり、そのありようのひとつを描く本書は、シミュレーションSFとして群を抜いている。
 本書は、火星を旅したい人に、おすすめしたいガイドブックである。

 そうそう、火星の1日は地球の1日より39分半長いのだが、本書では、1日を24時間のままにしている。そこで、余った39分半は「火星のタイムスリップ」になるのだ。夜中の0:00:00に時計は表示が止まり、39分半後に0:00:01として時計が再び動き始める。
 この解決法と「火星のタイムスリップ」という言葉を実感するだけでも楽しい。
 個人的には、おとぎ話の「火星夜想曲」(イアン・マクドナルド)の方が、読後感を楽しめたものの、それは趣味の違いというものだ。
 なお、本書には、続編「グリーン・マーズ」「ブルー・マーズ」があり、「ブルー・マーズ」は今日の段階では邦訳出版されていない。期待したい。

ネビュラ賞・英国SF協会賞受賞


(2004.7.20)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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