はるの魂 丸目はるのSF論評


人間がいっぱい

MAKE ROOM! MAKE ROOM!

ハリイ・ハリスン
1966


 舞台は、ニューヨーク。時は、1999年夏からミレニアムまで。主人公は、アンドルー・ラッシュ刑事。殺されたニューヨークの顔役の捜査。顔役の情婦との恋…。
 設定は、ハードボイルド。しかし、ハードボイルド小説ではない。なぜならば、本当の主人公は世界であり、ニューヨークなのだから。
 1999年8月、ニューヨークには3500万人が暮らし、世界人口は70億人となっていた。老人は、過去の暮らしを求めてデモを繰り返し、農民は水を求めて都市への水道橋を破壊し、人々は水と食べものと部屋を求めて争いを続ける、世紀末。石炭も石油もとうに底をつき、高速道路は壊して農地にするほかない。自動車はなく、輪タクが人々を運ぶ。スラム化したニューヨークで、子どもは無制限に生まれ、そして、両親とともに飢えていく。混乱した街の混乱した人々の中で、刑事は日々の事件や警備に追われる。
 人々は、怒り、盗み、暴れ、あきらめ、並び、飢え、あえぐ。
 そして、新しいミレニアムがはじまり、ハルマゲドンは訪れず、「この世界が、またもう千年も、こんな状態で続くのか? こんな状態で?」と、狂った宗教家が叫ぶ。

 世界の環境問題や飢餓などの諸問題の根底にある人口問題を、徹底して突き詰めたのがこの作品である。不幸なことに、映画「ソイレントグリーン」(1973年リチャード・フライシャー監督)が生まれてしまい、その原作ということでずいぶんと誤解されている。
 けれども、考えてみてほしい。1964年当時に、これほどまで、ありうべき現在を予見したSFはなかなかない。

「手放しで過剰生産と過剰消費をやらせた結果、いまでは石油が底をつき、表土は消耗して洗い流され、森は伐り倒され、動物は絶滅し、地球は毒されてしまった。そして、いま七十億の人間が残されたがらくたを奪いあい、みじめな生活を送り−−そして、まだ生み放題に子供を生んでいるんだ」(邦訳262ページ)
 幸いなことに、ヨーロッパや日本など先進国といわれる国では、豊かな食生活を営むことができ、子どもはそれほど生まれず、2000年の世界人口は60億5500万人と、本書よりもわずかに少ない。ただし、2010年を過ぎたころには、本書の予測の70億人に達するであろう。そして、慢性的な飢餓状態ともいえる栄養不足人口はすでに8億人を超えている。
 今はまだ笑い話である。しかし、私たちは10年か20年ほど引き延ばしているだけかも知れない。

 さて、少し笑おう。
 本書に登場する食べものを上げてみよう。
 日常食は、海草クラッカー、オートミール。海草クラッカーは、褐色、赤、青緑といろとりどりのものがある。
 新たな政府からの贈り物は、エナーG。ざらざらした茶色の粒には、ビタミン、ミネラル、蛋白質、炭水化物…が含まれ、「ないものは味だけか?」というところ。プランクトンの生成物。オートミールと一緒に煮て召し上がれ。
 ソイレント・ステーキ、ソイレント・バーガーは、セールがあると暴動が起こるようなごちそう。大豆(ソイビーン)と扁豆(レンテイル)のステーキである。
 病人には、ミートフレークを。西アフリカ産の大カタツムリを脱水して、放射線をあて、包装したもの。褐色の木ぎれに煮た肉片。
 闇市場でたいていのものは、高くても買える。ミルクはもちろん、豆乳ミルク。コヒは、コーヒーの代用品。魚はテラピア。肉は、市場では買えない。厳重に警備された闇肉屋には、犬の足から牛肉まで揃っている、もちろん、値段は極上。顔役に牛肉を買いながら、情婦の思いは、肉を焼いたあとの脂でオートミールを炒めたらさぞおいしいだろうということ。
 もちろん、腹を肥やした者たちは、ビール、ウイスキー、スパゲッティを食べることだってできる。極上のフレンチワイン・シャンパン…人工着色料香料甘味料炭酸添加だってある。

 どうだろう。こんなものを食べて生きていたいだろうか。私は、最後に肉がなくなってもかまわないが、ごはんを食べて死にたい。

 すでに、ミレニアムに入ってしまったが、ぜひ、SF史の中に位置づけておきたい一作である。絶版なのが残念。


(2004.7.15)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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