はるの魂 丸目はるのSF論評


マン・プラス

MAN PLUS

フレデリック・ポール
1976


 1919年生まれの作家である。本書の出版が、57歳の時である。1952年からSF作家をやり、編集者をやっているのである。超人である。
 さて、本書「マン・プラス」は、火星ものである。地球人口は80億人を超え、世界は緊張が高まり一発触発の危機にさらされている。人類は、火星に生存の基盤をつくらなければならない。しかも、ただちに。そこで、火星で自由に行動できる人間、脳や神経系をのぞき、できる限り機械化され、コンピュータと接続された人間/機械のサイボーグをつくり、火星開発の足がかりにしよう。というのが、本書の筋書き。そして、サイボーグになった男と、その妻、周りの研究者、政治家のさまざまな思惑と体験を地球から火星までで描く。
 人口増加などの内圧によって、社会的な動機として他の生存空間を目指す人類というのは、私がもっとも愛好するテーマである。しかし、本書は、それを、サイボーグにされた男の心情、そして、情報入力と処理の間に「もうひとつの処理」を入れることによって起こる齟齬と出力への影響に力点が置かれている。情報の入力とは、人間であれば、音を鼓膜で拾い、光を目で拾い、化学物質を主に鼻や舌で拾い、その情報が神経から脳に伝わって処理され、知覚となり判断や行動を決定する。サイボーグの場合、知覚判断系の脳はそのままなのに、情報入力装置である目などが改造され、拡張されるため、過剰な情報入力に処理しきれないということになる。そこで、対策として、情報入力から脳への情報伝達の間に処理コンピュータを入れて、そこで脳に対処可能な情報として加工しようというものだ。本書では、繰り返し、脳に届いた情報が、現実に起こっていることと同じとは言えないのではないか、とりわけ、途中で加工されてしまうと、現実すら分からなくなるのではないかと、読者にささやく。
 実は、これが、注意深く読めば分かる、本書の種明かしである。
 ここからは、本書の種明かしになってしまうかもしれない、読んでいない人はご容赦を。
 もしかしたら、サイボーグだけでなく、現実さえも情報は入力と認識の間に、我々が知らない処理があるのかも知れない。人間はもともと、現実を脳の中で再構成しているに過ぎないのだから。もし、処理をする存在が、我々とは別に何らかの目的を持っていたら。
 本書には、その後、80年代のサイバーパンク運動に通じるいくつもの要素が込められている。身体と精神の変容、人工知性、コンピュータネットワークとハッキング、現実と情報処理の間にある溝…。しかし、本書は、まぎれもなく70年代に書かれた、60年代、50年代を彷彿とさせるSFでもある。
 フレデリック・ポールの歴史が、本書を書かせた。いや、SFの歴史が、フレデリック・ポールに本書を書かせたのかも知れない。
 古くさいけれど、80年代を予感させる、人類+の小説である。
 書かれている内容は、現代的にはちょっと古くさいかも知れないが、そこは70年代のSFである。頭の中で読みかえてみたり、火星ものや人工知性もの、身体改変ものの歴史として読むのも悪くない。
 余談だが、サイボーグにされていく過程で、サイボーグ実験が失敗しかねない最大の危機は、本人に伝えないまま陰茎を除去したことであった。セックスへの考え方がストーリーに大きく関わるのも本書の特徴かも知れない。
 もうひとつ、マン・プラスの火星には、植物らしきものが存在した。火星への期待は21世紀になってもまだ裏切られていない。
 ネビュラ賞受賞作


(2004.3.11)



TEXT:丸目はる
monita@inawara.com
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